疲労困憊、に至るまでの。

 こういう記事を読んだ。

図書館で疲労困憊した話

 ブログ中では大学名は伏せられているが、どこか分かった。学生センターのくだりはさておき図書館のフローについて、なんでまたこんなことになったのかと色々調べてみると、ここに至るまでの図書館側の状況がうっすら見えてきた。擁護する気も批判する気もないが、ケーススタディになろうかと書いてみる。なお自分はこの図書館に特に縁はない。情報はほとんど*1当該図書館ホームページとGoogle検索で手に入るもののみ。

  • 図書館の基本状況

 とある地方公共団体立大学の附属図書館。蔵書数は本館(各研究科含む)で約230万、分館も合わせると250万程度。「日本の図書館統計と名簿2013」によると、奉仕対象数は約12,000名、うち学生が約8,600。図書館業務に従事する職員数は専従8名、兼務2名。この職員数には館長も含む。非常勤・臨時が21名。平日の開館時間は9-22時、土日は10時開館、土曜は19時・日曜は17時まで。
 大学図書館だが市民でも登録すれば利用できる。ユーザには、学部生、大学院学生、教員(非常勤も)、登録市民、卒業生、自学職員、連携協定を結んでいる近隣大学の学生などの種類がある。それぞれ図書館利用資格を証明するものが微妙に異なっている。たとえば自学の学生なら学生証、教員なら職員証、市民なら図書館が発行する専用カードといった具合。利用できる範囲も、資格により微妙に異なっている。

  • 運用体制

 この大学図書館は元々、図書館業務のかなりの部分を委託に出していた。2012年度までの受託者は不明だが、毎年入札を行い選定していたようだ。2013年度分の委託先募集の仕様書が手元にある*2。サービスポイント数、勤務日数、処理件数など、かなり詳細な数値入りの仕様書だ。これによれば電話応対、利用者カード受付、料金徴収など、およそカウンター業務として想像するような範囲はだいたい委託されている。

  • 2013年度の状況

 2013年度分の業務委託についても、2012年12月に募集を出し、2月に入札をして、落札した業者と4月から契約する予定だった。この時の契約期間は4月1日からの1年間。
 ところが2013年の年明け早々、開館日数が変更されることになった。理由は設置母体である地方公共団体の首長の鶴の一声。既に公開されていた仕様書は急遽変更となり、増加日数分が書き加えられた。この時点で入札日まで一ヶ月を切っている。もちろん受託者の業務遂行に必要な費用は増えただろう。その分予算が積み増しされたかどうかは分からなかった。入札は当初の予定どおり2013年2月に行われ、図書館向けサービスを業務とするA社が落札。2013年4月1日からA社の図書館業務契約が開始した。
 また2013年度には、業務システムのリプレースも予定されていた。こちらは2013年8月に募集開始、9月末に入札で受託者決定。開発期間は3月末まで。仕様書は未確認だが、リリース後に出されたお知らせから見ると、遠隔地にあるキャンパスの図書館と貸出情報が共有できるようになったらしい。ということは単純な置き換えでなく、なんらかネットワーク構成に変更があったのかもしれない。

  • 2013年度末の状況

 2013年12月、2014年度分の業務委託の募集公告が出た。この時の仕様書は確認していないが、図書館のホームページを見ると開館日数の増加は2014年度も継続している。加えて2014年度から平日は早朝にも一部開館するようになった。また契約期間が1年間でなく、2014〜2017年度の3年間となった。
 年が明けて2014年2月初めに入札が行われ、人材派遣のB社*3が落札。つまり受託業者が交替した。ついでに金額も確認*4。この時のB社の入札金額は3年分だが、1年分に直してみると2013年度のA社の契約金額より年280万円くらい低い。平日の早朝開館も仕様に含まれているのであれば、さらに割安になったということになる。
 契約開始は4月1日だから、入札が終わってから業務開始までの期間は約2ヶ月。この間にスタッフを募集し、雇い入れ、研修を行ったということだろう。ただし年度内は営業時間中A社が図書館業務を行っているので、現場に立っての研修はやれなかったかもしれない。

  • 2014年度当初の状況

 図書館の開館日カレンダーを見ると、3月27日-4月2日の間休館。この間に新システムの導入、B社のスタッフ研修を行ったのだろう。
 3月28日に新システムリリース。図書館ホームページのお知らせによれば、この時に図書館システムだけでなく入退館管理システムも変更になったらしい。学生や職員はICタグ入りの新しい学生証/職員証に切り替えなくてはならなくなった。ただし切り替えは図書館ではなく、本人の所属する学部でしかできない。一方、市民の利用者は旧カードをそのまま使える。つまりカードの種類がさらに増えた。
 図書館ホームページを見る限り、システムトラブル等は特になかったようだ。とは言え新しいシステムのリリース当初は得てして不安定なものだし、システムが変わればユーザからの質問も多いだろう*5
 一方、B社の図書館業務契約は4月1日から開始。ちなみに求人サイトでは、この図書館の司書を募集しているらしい情報がちらほら見つかった*6。即日スタートと書かれているものもある。現在も人数が足りていないのかもしれない。


 以上を踏まえると、もともと複雑なサービス体系の図書館において、1週間前にリプレースしたシステムと、交替したばかりの委託スタッフが、新入生やカード切り替えでごった返す4月を迎えたという訳だ。くだんのブログ主が疲労困憊させられる羽目になったのは、おそらくこの後間もない時だろう。
 ちなみにマイクロフィルム利用というのはレアケースだったのだろうか。図書館ホームページにある事業報告の統計を見ると、マイクロフィルム複写は23年度一年で900枚程度。くだんのブログ主は60枚複写したとのことだから、同じような規模のユーザばかりと仮定すると年15名。マイクロフィルムでしか見られない資料というのは今でも存在するので件数として少ない訳ではないが、交替制で勤務するスタッフにとっては年に一度も出会わないケースである可能性は高い。
 またマイクロフィルムの閲覧・複写は5階で、料金支払いはいったん2階まで行かなければならないというフローについて。委託仕様書では、料金徴収業務は2階カウンターのみと明記されていた。複写だけでなくILLの料金についても同じ。レジが一か所しかないのか、お金を扱うスポットを集中させたいようだ。先に複写物を渡すとお金を払わずに帰ってしまう人が出てくる可能性があるから、受取は支払いの後でなければならないと考えると、上記のような流れになる。


 外部から分かるのはこのくらい。あとは想像するしかない。
 たとえば2013年度の受託者であるA社は、首長の意思ひとつで契約変更がありうるリスクを翌年の見積もりにどう反映させたのか。B社がA社の前年度契約金額よりかなり安く見積もった*7ことにはどんな見通しがあったのか。委託契約期間が1年間から3年間に変わったのは何故か。システム更新は期限があるので避けられないとして、業務委託の交替時期を4月とずらしていたらどうなっていたか。長年委託されてきた業務において、ノウハウはどんな形で図書館に蓄積され、次の受託者に伝えられたのか。たとえば学生証切り替えのように図書館外に処理してもらわなければならないフローに関して、図書館員にはどの程度関わる権限があったのか。
 ユーザはもちろん、働く人にとっても、疲労困憊は不幸なことだ。何があって何がなければ不幸にならずに済んだのか。学ぶには、まず想像することから始めるしかない。

*1:「日本の図書館 統計と名簿2013」は別。

*2:公示期間中、ホームページに上がっていたものをたまたまダウンロードしていた。期間内なら誰でも入手可能。

*3:メインの業務はビルメンテナンスらしい。

*4:これもネットにPDFで公開されている。

*5:そう言えば今年は新年度早々JPCERT/CC Alert 2014-04-08「OpenSSL の脆弱性に関する注意喚起」が報告されていた。新システムがこれに該当していたかどうかは知らないが、もし該当していたとしたらリリース直後から大騒ぎだっただろう。

*6:2014/4/26確認

*7:xiao-2が確認できたように、前年度の落札金額は公開されている。