講演会「デジタル環境下における文学と図書館 」

 こういうのに行ってきた。作家さんと図書館屋さんと出版社の人と、出版流通を研究してる先生と、経営学の先生。これは刺激的な組み合わせだ、とるんるんしながら聞きに行く。
 例によって印象に残った所だけメモ。なお今回はいつもにも増してすっかすかなメモだ。有料の講演会だから勝手にあんまり詳しく書くのがはばかられるのと、前日飲んだくれた自分は頭がぼーっとしており、時々ついて行けなくなっていたため。→以下は自分の感想。

  • 吉岡忍さん(作家)
    • 本とは何か。古事記のなりたちに見るように、破天荒な想像力を編集して活字記録(=文化)として残していくこと。その過程で行われる編集には、統治者側の意図が介入してくる。
    • 言葉は人・場所といった身体性と切り離すことはできない。デジタル化にあたっても身体性に注意する必要がある。
  • 中井万知子さん(国立国会図書館
    • 文学はオリジナリティ、新たな価値を生み出すもの。対する図書館はシステマティック。蓄積し組織立てる役割。
    • 国会図書館の資料電子化。1998年に電子図書館構想。2000年に補正予算で明治期資料のデジタル化を行い、近代デジタルライブラリーで公開。出版物を網羅的にデジタル化というのは、当時は先駆的な試み。
    • 著作権処理の課題。著作権の有無が不明な場合が多い。最終的には文化庁長官の裁定を受ける。この裁定期間も長いし、5年ごとに再申請が必要で、事務作業の負担が大きい、などなど。
    • デジタル情報に関する課題。テキストでの提供(現在は画像)、民間市場を邪魔しない方法、図書館間貸出の方法、電子出版物の収集をどうするか、などなど。
    • 2009年に著作権法の改正と国立国会図書館法の改正、補正予算がついたことで電子化への大きな動き。2010年には各省庁や関係者と連携しながらビジネスモデルを探っていく。


 以下は討論。パネリストは吉岡さん、中井さん、篠原健先生(追手門学院大学)、中西秀彦さん(中西印刷株式会社)。司会は湯浅俊彦先生(夙川学院短期大学准教授)。話題はいっぱい出たのだが、印象に残ったところだけ。

  • 本のPDF化

→吉岡さんは大量に読むので置き場所がなく、本文をスキャナでPDF化してPCに保存しているそうだ。古い文庫本などは字が細かいので、PDFの方が拡大して読めていいらしい。なるほど、この延長線上に障害者サービスがある。一方本を作る立場の中西さんは渋い顔。そりゃそうだ。

  • 言葉の身体性について
    • 同じ言葉から何を思い浮かべるかは人により違う。臭いや触覚など生の情報が関わってくる。それが表現を豊かにする。(吉岡さん)
    • デジタルメディア化は、身体性を伝えるにはむしろよい。リンクや画像など。(篠原先生)
    • 紙の重さや製本などで「情報を物理的に固めた」ことに本の重みがある。デジタル情報にはそうした重みがない。(中西さん)

→身体性というのは興味深い話題だったけど、この場合デジタル化とは直接関係ないような気がする。自分は吉岡さんの本読んで面白かったが、あれが手書きだったらもっと感動したとか、PCで読んだらつまらなかったということはないと思う。それが文学ってものの力じゃないかな。分かんないけど。

  • 出版社の役割
    • 編集、マーケティングといった出版社の役割は大きい。紙で刊行されていたものがデジタルになるなら、その部分のコストを何らかの形で顕在化すべき。80年代に家庭用ビデオが登場した時、テレビ業界は反対した。だがビデオが普及すると、パッケージを売ることでテレビ業界は儲かった。まだ存在しないビジネスモデルを考えてほしい。(篠原先生)
    • 考えるまでに業界がつぶれる。現在のコンテンツの作り方やビジネスモデルは紙の本が前提だが、Webでは情報はタダで当然、良質な情報のためにお金を払う文化がない世界。(中西さん)
    • 校閲は出版社の大事な仕事だが、今どんどん削られて情報の質が下がっている。その仕事の重要さが読者から見えないことが問題。(吉岡さん)

Googleブック検索が問題を顕在化させたわけだけど、でもあれがなくても、今優秀なコンテンツを作ってるクリエイター(と編集者)がWeb・フリー側に寝返ったらどうなるんだろう。村上春樹1Q84」が紙で刊行されず、Webで全文無料公開されていたら。誰でもタダで読めるから今以上に盛り上がったか、出版社の営業・宣伝力がないから今のように売れなかったか?今読みかけのこの本とも関連して、色々考える。

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  • 図書館間貸出
    • デジタル化した資料の図書館間貸出は、紙資料のアナロジーで考えている。その図書館で所蔵していない資料に限る、図書館でしか見られない、コピーは不可、等の条件を検討して、実験中。(中井さん)
    • 経験によれば、デジタル化した資料について、公共図書館の現場の反応は冷たい。紙の資料だけで予算も人手も手一杯で、そこまで考えていられない、とのこと。トップダウンのような形で、どこまで配信課金モデルへの協力が得られるか。(司会・湯浅先生)
    • 配信課金モデルでは、出版社や著者にお金が回る仕組みは作られている。が、公共図書館の立場から見ればどうか。選書という役割の低下につながり、モチベーションが下がったりしないか。(会場から)
    • むしろそこまで手が回らないという意見が多い。(中井さん)

公共図書館の人の関心が薄いというのは本当かな。会場に知り合いの図書館員が何人もいらしていたが、大学図書館の人ばかりだった。たまたま知っている人がそうだっただけで、会場には公共図書館の人もいたと思いたいんだけど。

  • 感想

 色々な人の意見が聞けたし、それぞれ面白かった。
 だけど、なんというか議論がかみ合ってない印象も受けた。デジタル化賛成vs反対みたいなことだったら両方の意見が聞けていいのだけど、そうでもなくて、別次元の話をそれぞれしている。まるでその場にいない第三者に向かって反論しているかのような主張もあったり。司会の湯浅先生は苦労されただろう。
 かみ合っていないことが一番問題のような気がする。関係者同士、もっと対話が必要だなぁ。