戦争請負会社

 業務委託について考えるヒントになるよ!と、勧められて読んでみた。

戦争請負会社

戦争請負会社

 安全保障という公共の中の公共、軍隊という専門職中の専門職。それを民間企業に請負に出すというのは、それだけで無知な自分にはたまげる話。だがそんな特殊な業務にも関わらず、共通する構造があまりに共通していることに再度たまげる。以下、だらだらメモやら感想やら妄想やら。

 民間軍事請負業(Privatized Military Firm:PMF)が生まれた背景。紛争に対して自前の軍を維持できない弱小国家の存在と、色々な思惑から直接紛争に介入したくない、でも自国の利益のために紛争を収めたい大国。加えて軍縮傾向。予算削減で安い戦力の調達が求められる一方、リストラされたベテランの兵士や安い武器が市場に出回る。需要と供給の関係だ。

 そしてPMFの三分類。一つめは直接戦場に出て戦うベテラン兵士。二つめは人材育成や戦略立案などの軍事コンサルタント。三つめは補給や兵站を担当する軍事支援業務。どれも超一流のスペシャリストだから効果は劇的。地元の貧弱な軍隊が抑えられなかった紛争をあっという間に鎮めたり、戦局を逆転させたり。もちろんやっているのは戦争だから実際の過程で惨いことが行われているだろうことはちらちら頭をよぎるけれど、それを横に置けば純粋に「専門家」の凄さを感じる。
 特にこの二つめのコンサルタントの存在が、自分には興味深かった。ベテランが戦力に加われば強くなるのも、大規模で手厚い補給がつけば強くなるのも感覚的に分かる。でもコンサルタント業というのは意外だった。だが実際、ユーゴスラビアの紛争では軍事コンサルタント企業が介入したことで現地の軍が驚異的に能力向上し、争いの趨勢を左右したという。やはり人材育成というのは、専門家の大きな強みだ。
 そう言えば、ちょっと前にネットでこんなの見つけたことを思い出した。

沖縄県「図書館司書若年者人材育成事業」に関する企画提案の募集について
(一部転載)当該事業では、OJTとOFF-JTを組み合わせた研修により、地域の読書活動の軸となる人材を育成し、事業終了後においては離島や遠隔地等の図書館未設置町村で読書活動を推進していく予定である。なお、本業務は失業者に対する短期の雇用機会を提供したうえで、地域のニーズに応じた人材育成を行う「沖縄県緊急雇用創出事業臨時特例基金事業(地域人材育成事業)」により行うものである。
【注:募集はもう終わってます】

 人材育成を外注するというのは賛否両論だろうけど、きちんとした専門家に、何かのついでじゃなく育成を目的としてお金を払うのは、確かに効果的なことだろう。ちなみに同じ緊急雇用創出事業で、和歌山県有田川町でも図書館司書の育成をやったらしい*1


 さて本の話に戻る。民間請負には問題点も色々。というより、この本はそこがメイン。
 企業は自社の利益を追求するもの、その利益が国益や公益と反することになった時どうなるか。いったん契約してしまった後に手抜きをしたり、経費を水増しして請求してくる場合もある。導入当初こそ競争入札だから安くしてくれても、のちのちボられることもある。雇い主の政府との不透明な関係で契約が決まることもある。第10章「請負契約のジレンマ」に指摘された数々の問題は、ちょっとデジャヴーを感じるくらいどこかで見た話。
 そもそも民間請負という形態そのものが今の安全保障の枠組みの中で想定されていないため、責任や道徳の規準が曖昧。グローバルに活動しているため、各国の法律も微妙に手が届かない。「民間人には手を出さない」のが戦争のルールだが、PMF社員は民間人なのかどうか?難しくて、まだ解決されていない問題が山積み。

 ちなみにボられる問題に関して、この本の最終章では費用を正確に見積もれる専門家の育成を解決策として挙げていた。が、個人的にはこれも難しい問題だと思う。専門的な業務の費用を見積もれるひとは、その業務を請け負うひとに限りなく近い。実際アメリカの退役軍人の再就職先としてPMFが大きな選択肢なようだし、費用チェックの公正さを担保するのはなかなか大変だろう。
 そういえば、建設系のお役人をやってる知人が話していた。そういうところに勤めるひとは建設系の学部なり専門学校の出身が多いから、発注側と受注側とが元々近しい間柄(大学の同期とか)であるということも起こりがちで、職業倫理的な線引きが悩ましいそうだ。会社だけでなく、プレイヤーを育成する機関も競争可能なくらいたくさんないと、公正さを担保するのは難しい。


 似た構造があちこちにあると思いつつも、図書館業界の請負とおそらく決定的に違う点にも気付く。PMF社員は、たとえばアメリカの正規軍の兵士より遙かに給料が高い。正規軍に属し、そこで育成されたスペシャリストを引き抜いてくるのだから、当然の話ではある。現地軍とPMF社員とはしばしば仲が悪いが、その原因の一つにこの待遇の差があるというほどだ。そういえばこの本では色々な問題が指摘されているけれど、現場のPMF社員が低待遇に苦しんでいるといった類の指摘はまったく出てこなかった。
 仕事の種類は違えど、専門家のお値段というものについて、沈黙しつつ考える。そんな一冊。