誰のためのデザイン?

 自慢じゃないが自分は方向音痴だ。不器用でもある。初めての場所では道に迷うし、初めての道具は使い方を間違える。「取り扱い説明書がついてるでしょ」だって?すみません、トラブルが起きるまで読まないです。そんな自分には福音と言える本。

誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 使いにくいデザインの道具がなぜ使いにくいのか、人はなぜ間違って使ってしまうのか、分かりやすくするにはどうしたらいいのか。デザインという観点から、それらを解説している。認知科学なんて馴染みのない言葉がタイトルにあるが、びっくりするくらい読みやすい。分かりやすいデザインについて考えているひとは、読みやすい本も作れるんだろうかね。

 1990年初版。だが、中には時代を先取りした記述もずいぶんあってびっくりする。p305のスケジュールノートのくだりにはスマートフォンを、p355に描かれた未来の情報の世界には電子図書館構想を思い出す。もちろん違うところもあるけれど。利用時間ごとに料金を取られるモデルで考えてるあたりは、時代の差だな。


 印象に残ったところをメモ。p86、よいデザインの原則。

  • 可視性 目でみることによって、ユーザは装置の状態とそこでどんな行為をとりうるかを知ることができる。
  • よい概念モデル デザイナーは、ユーザにとってのよい概念モデルを提供すること。そのモデルは、操作とその結果の表現に整合性があり、一貫的かつ整合的なシステムイメージを生むものでなくてはならない。
  • よい対応づけ 行為と結果、操作とその効果、システムの状態と目に見えるものの間の対応関係を確定することができること。
  • フィードバック ユーザは、行為の結果に関する完全なフィードバックを常に受け取ることができる。

 概念モデルという言葉は、この部分の少し前で説明されている。要するに、実際どう作られているかはともかくとして、使う側からみて「こういう仕組みになっているな」と見えるもの。
 要するに、ユーザに作りが見えやすくて、理解しやすくて、その結果が見えやすい、ってこと。言葉にしてみればとても当たり前のことだ。だがデザインに凝ったものほど、作りを中に隠して見えにくくする傾向があるような気がする。なぜだろう。


 この本は主に「道具」のデザインについて書かれているが、システムやサービスを作る時にも応用できる考え方が書かれていると思う。試しに「道具」の部分に「図書館」を当てはめてみる。図書館の仕組みはなぜわかりにくいのか、説明が下手だと云われてしまうのか。
 そうすると、あれもこれも当てはまって悶絶する。一番悶絶した個所。

デザイナーはデザインしている間に自分で設計している道具に習熟してしまうことが多い。一方、ユーザが習熟しているのはその道具を使って行おうとしている作業なのである。(p254)

 道具=図書館のサービス、デザイナー=図書館の中の人、と考えてみる。図書館の中の人は当然サービスのことはよく分かっているし、多少おかしなシステムであっても使い慣れてしまう。だが図書館を使う人は図書館の仕組みに習熟しているとは限らない。第一、その人は図書館を使いたい訳ではなくて、必要な本なりデータなりを手に入れたいだけなのだよね。
 この数ページ後に続く指摘「デザイナーの顧客が実際のユーザであるとは限らない(p256)」にも、やられた、と思う。本書では家のデザインに家主の意向は反映されるけれど店子の意向が反映されないというケースを挙げている。
 ここで思い出したのは図書館システムの話。今度は道具=図書館システム、デザイナー=システムベンダー、と考えてみる。図書館システムの調達に図書館の中の人がある程度関わるケースはままある(十分ではないという声も聞くけれど)。だが、一方のエンドユーザである市民なり学生なりがプロポーザルに参加できるケースはよっぽど稀だろう。システムベンダーにとっての顧客は図書館の中の人だから、エンドユーザの要望はなかなか反映されにくい。

 機能が増えれば増えるほど、デザインは使いにくいものになる、という指摘にも考え込む。OPAC等のシステムもそうだし、図書館という機関自体も多機能になっている。メニューが増えるのはいいことには違いない。が、ほんとにそのメニューはすべて見えていて、理解されて、使われて、適切にフィードバックを与えているだろうか。時々サービスのデザインをじっくり吟味してみる必要がありそうだ。


 図書館というのはひとつの道具。課題解決のための、あるいは、人が安心して賢く生活できるようになったり、気持ちをメンテナンスしたり、まったく違う新しい世界にふれるための道具。道具ならば良いデザインが必要だ。応用できそうなヒントがいっぱいある本。