有田川ライブラリーALECへ行ってきた。

 和歌山に行く用事があったので、ついでに有田川町の図書館に行ってきた。

  • 基礎知識

 有田川町には4つの図書館・図書室がある。今回訪れたALECはそのひとつで、平成21年4月にオープン。「本のあるカフェ」をコンセプトに、iPadの館内貸出なども行っている。有田川町図書館全体としては、昨年11月に電子書籍導入を行った。図書館コンシェルジュを置き、情報発信に力を入れているそうだ。

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・株式会社富士通マーケティング プレスリリース「有田川町様に電子図書館システムを構築
図書館コンシェルジュについて、過去の記事「2011-10-31 電子書籍をきっかけに気付いた、電子でない中の人のこと。

  • 図書館までの道

 最寄り駅はJR藤並駅。駅の2Fに「ちいさな駅美術館」というコーナーがある。ここに「図書館司書のおすすめスポット」なるポスターが貼られていて、ちょっと気になるが、時間がなかったので訪問は後回しにする。
 駅前から観光無料バス*1が出ていて、ALECにも止まる。バスの他の停留所は公園や温泉。これらと並んで図書館が観光スポットに入っているというのがちょっと面白い。ちなみに、駅からALECまで行ける遊歩道もあるそうだ。そちらだと20分ほどと聞いた。
 観光無料バスは一日二本。自分が行った時間はちょうどその谷間だったので、それとは違う普通のバスで近くのバス停まで行き、そこから歩いた。有田だけあって、あたりはひたすら丈の低いみかん畠。収穫期はさぞたわわな風景だろうな。ガードレールのない二車線の農道で、時々軽トラが通る。
 みかん畠の脇を10分くらい歩くと、突然ぱかんと視界が開けてALECが見えてくる。建物の前は「水の公園」というらしく、芝生の広場や小さい池や木製のあずまやがある。駐車場がとても広い。車で来る前提なのだ。

  • 入り口

 建物はガラス張りの外壁の一階建て。上空から見るとひらがなの「し」の字を裏返したような格好をしている。「し」の字の縦棒の先っちょが入り口だ。
 入ると、エントランスが結構長い。まずそこで目を引くのが、通路の右手に並んだクラシックカー。F1みたいなレーシングカーを先頭に、ちょっと見かけないような形の車が5台くらいあった。その方面に疎い自分にとっても、ひとまず面白いオブジェではある。何台かには説明書きが出ている。それによれば有田川町在住の個人、伊丹市在住の個人の所有によるもので、展示に協力してもらっているという。ブログ*2で紹介されている写真に出ているものとは違ったように思うので、たくさんあって時々入れ替えているのかもしれない。
 左手にはいくつか研修室という部屋がある。この部屋の壁もガラス張り。一番手前の部屋は博物館で、このあたりで発掘された竪穴式住居の遺構を再現したものや、出土した土器などが展示されている。その隣の部屋は地域情報コーナー。地元の求人情報、イベント情報などのポスターやチラシが置かれている。モノが置いてあるだけでスタッフはいないが、図書館の帰りにこの部屋に立ち寄って情報をチェックしている人を何人か見た。
 自然光を取り入れているのと、天井がとても高いのとで、広々した感じがする。実際かなり広々と、街中にある建物ではできないような贅沢な空間の使い方をしている。2010年にできたというだけあって、まだ新築のにおいがする。

  • 図書館スペース

 奥へ進む。「し」の字のカーブの部分が図書館スペースになっている。ここも天井が高く、広々している。テーブルと椅子が、フードコートのような感じに並んでいる。床も家具も木地に統一して、お洒落な空間。ジャズのようなBGMがかかっている。
 図書館スペースの入り口、カーブの外縁の方の壁沿いに図書館のサービスカウンターがある。その隣に図書コーナーがあり、本棚が並んでいる。図書コーナーの隣には、木製の舞台のような場所があり、グランドピアノが置いてある。コンサートでもやるのだろう。舞台の隣がマンガコーナー。
 カーブの内縁部分、入って右手の方はガラス張りになっている。壁沿いにPCを使う人の専用席が設けられている。壁の向こうはウッドデッキ。「し」の字のどんづまりに当たるところがカフェカウンター。
 とりあえず全体の構造を述べてみたが、実際受ける印象としては建物のコンセプトどおり、まさに「本のあるカフェ」。「飲食もできる、カフェのある図書館」ではない。スペースの中心にあるのはテーブルと椅子で、本棚は端にある。そもそも図書館のサービスカウンターよりも、カフェカウンターの方がメインになるような空間設計がされている。注文したものはどの席で食べてもよい。コーヒーを飲みながら新聞を広げたり本を読みふけっている人もいる。
 ただ面白いもので、よくよく見ると、本だけ読む人と飲食をする人のゾーニングが漠然とながら出来ている。というのは食べ物を注文すると、食器を返したり料理が出来たら呼ばれたりする都合上、なるべくカフェカウンターの近くに陣取りたい。結果として飲食する人は図書コーナーからは離れがちになる。また飲食する人は複数で来ていてお喋りもする場合が多いので、一人で静かに本を読みたい人はカフェカウンターから離れがちになる。
 図書館にBGMがあると読書の妨げになるかな?と思ったが、そんなこともなかった。むしろ無音の場合よりも静かな印象を受ける。飲食店でBGMをかけるのは、他の音を流すことによって、食器の触れあう音などその他の雑音を聞こえなくするためだと聞いたことがあるが、そういう効果なのかもしれない。
 図書館のスタッフの人は、お揃いの赤いポロシャツ。エプロン姿やスーツ姿でなく、こういうのも良い。

  • 図書コーナー

 図書コーナーには、閲覧席はひとつもない。純粋に本を置いてある場所なのだ。書架は結構高い。大人でも届かないような高さまで書架があるが、並べ方はある程度余裕がある。壁際に小説・読み物がずらりと並び、それ以外はNDC別になっている。
 分野としてどれが多いという感じはあまりないが、家政(料理本など)、医学が若干多い。医学はほぼすべてソフトカバーの実用書。農業・ガーデニングがやや多めなのは土地柄だろう。「ビジネス」という見出しのところは、就職試験のテキストや問題集など。問題集を入れるのはなかなか珍しい。
 印象としては、図書館というより町の書店の雰囲気。そういう感じる理由は二つある。一つは、本がどれも新しいこと。たぶん開館時にまとめて買ったのだろう。
 もう一つは、品揃えが比較的ポピュラーであること。たとえばNDC1類(哲学)の棚を見ると、いわゆる純粋哲学という感じの本は入門書が多く、その後には「心理学」「性格判断(血液型含む)」「倫理」「スピリチュアル」「風水」「推命学」「占い」といった見出しが続く。分量的には、たとえばスピリチュアルが哲学の倍くらい。中小規模の書店だと普通このくらいの比だから、そんな感じだろう。また新書コーナーの棚があった。講談社+α文庫とPHP文庫で全体の7割くらい、次に多いのがちくま新書朝日新書岩波新書はなし。このあたりも町の書店っぽい。
 ただ町の書店では普通小説類は文庫本の方が多いけれど、ここでは小説はハードカバー四六判ばかりだった。文庫本は傷みが激しいからかなぁ、とその時は単純に考えていたが、後から別の可能性にも気付いた。マイカー移動が前提になる土地なので、電車通勤で文庫本の小説を読むという習慣がそもそも根づきにくいのかもしれない。
 なお見出しの話をしたが、書架の見出しがずいぶん細かく、丁寧に作られている。料理の棚だと「おつまみ」「うどん・そば」「肉・野菜・卵」など。図書館の人が頑張って手を入れているのだろう。
 書架の横にスクラップブックが置かれている。「裁判員裁判」など、特定のテーマに沿って新聞記事をスクラップしたものだ。図書館サポーターの協力を得て5紙からセレクト、といった説明がある。協力とは、具体的には何だろう。記事のピックアップか、新聞そのものの寄付などか。

  • マンガコーナー

 マンガコーナーは赤と白を基調にしている。カフェスペースからそのまま入れる空間と、さらに小部屋のような空間。ここにも椅子はまったくない。和歌山出身の漫画家さんの生原稿*3が展示されたりしている。滅多に見る機会のないものなので面白い。
 こちらも書架はやや高い。図書コーナーに比べるとぎっちり入っている。すべて装備されている。並べ方は作者名のアイウエオ順*4。小部屋の奥にキッズコーナーというところがあり、名探偵コナンなど特に子どもに人気のありそうなタイトルが固めてあるが、それ以外は特に大人向けとか子ども向けといった区分はないようだ。テルマエ・ロマエもあればこち亀もある。BOOK OFFのような雰囲気だ。そういえば、小部屋の方には「防犯カメラ作動中」と書いてあった。書架が高めだし割合目の届きにくい空間なので、不心得者が出ないようにという用心なのだろう。
 他の書架とは別にガラス扉のついた赤い書架があった。「新宅誠文庫」と書かれ、この棚のものは閲覧のみ(貸出不可の意味だろう)、とある。貴重な古書コレクションの類なのだろうか?と興味を持って眺めてみると、確かに永井豪など古めのものもある一方で、普通に今でも手に入るものも並んでいる。幽遊白書などはこの文庫にもあるが、普通に貸出しできる書架にもあったから、特定のタイトルという訳でもないようだ。何かプレミアがあるのか、寄贈者の意思だろうか。
 マンガコーナーの入り口の両側に展示棚。ここで「日本のマンガの歴史」といった感じの展示をやっていた。古くは鳥獣戯画、鳥羽絵三国志*5団団珍聞*6から、団団珍聞のらくろ冒険ダン吉、70年代のジャンプやマガジン、ドラえもんのハングル訳や英語訳など。なかなか素敵なセンスだ。それにしてもよく集めたなぁ。

 この図書館の売りの一つが電子図書館システム*7。是非見てみたい。そこでiPadの館内貸出を受けて、電子書籍を見せてもらうことにした。iPadの貸出自体は、住民でなくても、住所の分かる証明書を提示して申請書を書けばOK。電子書籍の閲覧には本来利用者登録が必要だが、館内に限り専用のアカウントにログインした状態で貸してもらえた。図書館のひと、お手間をおかけしてごめんなさい。
 画面左側に、NDC別のフォルダに分かれて表示される。先日大阪市立図書館で電子書籍を体験した時には資料の種類区分で戸惑ったが、こちらの方が分かりよい。あれこれ検索したり、覗いたりしてみると、空のフォルダがいくつかある。まだまだ全分野を網羅するにはタイトル数が足りないのだろう。青空文庫のタイトルが結構多い。タイトルを選んで「貸出」ボタンを押すと借りられる。借りたものの「読む」ボタンを押すと、ブックリーダーの画面が開いて本文が表示される。
 ただ残念ながら、青空文庫も含め。iPadに対応していない(PCでしか読めない)書籍が多かった。iPadで読めるのはPHP新書くらいだろうか。館内利用よりは、自宅のインターネットからの利用を前提にしていることが分かる。
 自分の読みたい電子書籍が貸出中の場合には、予約をかけられる。そこまでは予想の範囲だが、もう一つの選択肢として電子書籍の販売元のホームページへ直接飛ぶというのがあった。つまり、自分で買いたければ買ってもよい。図書館で借りられない場合に購入につなげるという流れは最近たまに見かける*8が、その場で直接買えるというのは電子書籍ならでは。
 一番需要の多いであろう小説類のラインナップを眺めると、明治・大正・昭和初期といった青空文庫で読めるようなタイトルが中心のように見えた。やはり新しいものはあまり電子書籍化されていないのかもしれない。…と、ここまで書いてみて、京極夏彦「死ねばいいのに」が入っているかどうか見ればよかったと思った。残念。

  • 図書館の情報発信

 「図書館コンシェルジュ」を置いているとのことだったが、千代田区の場合のように図書館スタッフと別にコンシェルジュがいるのではなく、スタッフ=コンシェルジュという位置づけであるらしい。図書館サービスカウンターの前あたりにチラシ等があった。4月号の特集は「滝・山菜」。マップやコラムもついて楽しい。
 チラシと同じあたりに、近辺のお店情報をまとめたファイルがあった。近くの飲食店の情報を、発信してほしいお店の人から送ってもらって、コピーして置いてあるもののようだ。これは地元の人向けというより、観光客向けだろう。実際自分はお昼の調達に困ったので、助かると思う。
 なお自分がJR藤並駅で見た「ちいさな駅美術館」というのは、図書館の出張所のようなもの。小さなスペースだが絵本を置き、さらに「美術館」とあるとおり、絵本の原画展をやっていた。スタッフの人も図書館と共通らしい。有田川町全体を「絵本のまち」として売り出していくということで、その窓口になる駅にこうしたスペースを作ってあるというのは興味深い。観光と図書館の結びつき事例ともいえる。

  • 全体の感想

 今回の訪問で思ったのは、図書館というのはその地域の状況と合わせて見なくてはいけないなぁ、ということ。
 蔵書構成を新刊書店のようにしたりカフェ化することには、たぶん図書館のあるべき論としては賛否両論があるだろう。だが少なくとも自分は、駅からALECへ往復する間に書店をまったく見なかった。長居して読書できるようなカフェも見当たらなかった。本を手にする場所、読む場所がその地域に他にあまりないとしたら、図書館がそれを提供することには意味がある。
 またこの図書館が電子書籍を導入した理由として、交通が不便なので来館するのが大変だから、ということが挙げられていた気がする。これも足を運んでみると分かる。マイカーのある人は問題ないだろうが、車なしの自分が移動するのはけっこう面倒だった。それはつまり、運転できない=移動が大変、ということだ。一口に公共図書館電子書籍サービスと言っても、たとえば大阪市でのサービスと有田川町でのそれは意味するところが大きく違う。
 残念なのは、時間と足がなくて町内の他の図書館を見られなかったこと。たとえば金屋図書館は児童サービスの中心*9でレファレンスルームもあり、2つある図書室は読み物中心といったように、役割分担がされているようだ。

 最後に。ALECのカフェのパニーニはさくさくで旨い。我儘を言うならば、地元のみかんジュース置いてほしい。飲み損ねたので(笑)

*1:有田川町観光施設巡回バス

*2:アレックのブログ-アレックにあるクルマ達

*3:ネームというのだろうか、鉛筆でラフな画とストーリーを描いた奴。

*4:余談ですが、マンガの分類についてはこんな資料もありましたね/ジャンルコードと分類法 : 同人誌図書館における分類法の検討

*5:鳥羽絵三国志

*6:明治期に発行された漫画風刺雑誌。

*7:有田川Web-Library

*8:記憶に新しいのでは、大阪府立図書館の書籍注文販売

*9:そういえばALECには児童書はまったくなかったが、けっこう子どもが来ていた。