漢字文献情報処理研究会2011公開シンポジウムに行ってきた。

 こういうのに行ってきた。

2011年度 夏期公開シンポジウム 電子書籍時代のプラットフォームとコンテンツ
 パネリスト 石岡克俊(慶應義塾大学准教授)、木村一彦(大修館書店)、星野渉(文化通信社)
 司会 小島浩之(東京大学講師)

 参加者は20人程度か、割合少なめ。部屋も講演というよりゼミの教室っぽい広さで、少人数ながら熱い議論だった。

 最初に司会の小島さんから、各講演者の紹介。昨年も同じ公開シンポジウムでプラットフォーム問題を取り上げたとのこと。デリケートな話題もあるので、「ここだけの話」をしてほしい。参加者もオフレコな部分はTwitterやブログに載せないでね、との話。ということで、以下はxiao-2が聞き取れて理解できてメモできて覚えていた+オフレコそうな部分は適宜対処した、メモ。敬称は「さん」に統一。

  • 石岡克俊さん(慶応義塾大学)
    • CP(コンテンツプロバイダ)、PF(プラットフォーム)という概念。電子化に伴って登場。
    • 取引の対象がモノから無体物に変化することで、アベイラビリティが課題となる。モノはすぐ見られるが、電子データは読むためのソフトウェアが要る。
    • 電子書籍を構成する要素。ハードウェア、ソフトウェア、流通ネットワーク等。従来の本が持っていた構成要素が分かれることになる。
    • 出来上がったパッケージがモノとして転々と流通する取引から、色々なプロバイダが集まり、業務提携や利用許諾といった形での取引へ。取引の形が変わる。
    • 電子辞書は、電子書籍と電子メディアの間にあるもの。ビジネスモデル変える潜在性がある。
    • CP、PFの意義。CPとはコンテンツを保有しているドラマ、アニメ制作会社、映画配給会社等。PFはコンテンツ配信、認証・課金・決済等のサービスを行う事業者。
    • この定義は出版物ではなく、元々テレビ番組等を念頭に置いてなされたもの。CPは、書籍なら出版社・著者。CPは通常、創作に集中したい。認証や課金、契約等は他の人にやってほしい。
    • PFは通常寡占、独占に近い状態になりやすい。たとえばAmazon。電子辞書の場合は端末を作っている会社になるか。
    • アナログとデジタルの競合によるビジネスモデルの変容。従来メディアとの違い。どう展開していくのか。
  • 木村一彦(大修館書店)「電子辞書市場の変遷に伴って生じた関係性の変化」
    • 現在は出版社勤務だが、2000〜2008年頃にメーカーで電子辞書を担当していた。電子辞書をどのように作るかの話。
    • まず企画。当時は先行例があまりないので、色々な関係者に話を聞きながら進めた。出版社に辞書のデータを使わせてもらう。これは交渉ではなく、お願い。出版社にはなるべく手を煩わせず、ただデータを出してもらってこちらで加工等はやりますから、ということで協力していただいた。なのでメーカー側の作業は大変で、新製品は年に2回が精一杯。
    • 出版社とメーカーの文化の違いに苦労した。「納期」に対する感覚ひとつとっても認識が違う。
    • また、「辞書」に対する感覚の違い。メーカーにとって辞書はデータベースなので、色々見せ方の工夫を思いつく。一方出版社にとっては思い入れがあり、勝手にいじられるのを嫌がる。一方でメーカーから見ると、出版社のデータはデータ構造等の面で処理が難しい。
    • 販促の具体的な体験談色々。
    • 電子書籍市場の変遷。導入期、成長期、成熟期に分けられる。2000年頃から成長期、2005-2010年頃が成熟期。今後はどうなるだろう。
    • 導入期は売上高が少ない、利益水準が少ない、競合も少ない。
    • 成長期には市場が拡大し、セグメンテーションが可能になる。この頃、高校生への売り込みを意識したことでヒットした。
    • 電子辞書(専用機器)の、コンテンツとしての特性。ハードウェアが固定されていても良い。データの追加・入れ替えができなくても良い。つまりボーダビリティを無視できる。データの不正使用がしにくいので、DRMが要らない。
    • ユーザの特性。辞書の市場が既に存在し、ターゲット・ニーズが明確。電子にすることのメリットも明確(検索速い、軽量)。ターゲット層の高校生は電子機器操作や液晶画面に慣れていて、操作に違和感がない。
  • 質疑
    • 質問:当時、PCのブラウザで見る電子辞書についてはどう考えていたか。
    • 木村さん:CD-ROMの電子辞書にも一定の需要があると思う。学者等、日常的にPCを使っている人とか。そういった人にとっては紙の辞書の代替にはならないので、競合しない。
    • 質問:iPhoneiPad等の携帯可能なインターネット端末が普及し、電子辞書に似た使い方もできるようになっているが、どう思うか。
    • 木村さん:今後の展開を考えると、無視できない存在。今あるものの一部は置き換えられるかもしれない。
    • 質問:電子教科書が普及すると、辞書もそのコンテンツのひとつとして載ってくるかもしれない。どう思うか?
    • 木村さん:どのタイミングでそれが実現するか分からない。たとえばSONY Readerでは、ジーニアス英和辞典が元々入っていて、英単語をタップすると引けるようになっている。対応できることがあればしたい。
  • 星野渉さん(文化通信社)
    • 木村さんのお話はとても貴重だった。自分は2000年頃から電子辞書に関する取材をしているが、メーカーの話はなかなか聞けない。自分は出版社寄りの見方でお話しする。
    • なぜ電子辞書が普及したか。ただ電子にしただけでなく、検索等新しい機能がついたから。同じ理由で、もっとドラスティックに変化しているのが地図。今やデータとしての利用が主流で、地図の出版社は寡占状態。
    • 電子辞書の検索機能は、紙より便利な場合もある。たとえば漢和辞典を使いこなすのは結構面倒なもの。これらは紙である必要がなかったのに、紙しかないから無理に合わせていた。こういうものはどんどん電子化される。
    • 電子ペーパーのように、表示するための装置が変わっていくのと、コンテンツの変化は別のもの。
    • 電子辞書の影響。良かった点は、これまで辞書を引かなかった層も辞書を使うようになり、辞書そのものの利用者が増えた。
    • 良くなかった点。直接の収入が紙より低い。再生産の原資として使えない。コンテンツの固定化。固定化とは、たとえば国語辞典として電子辞書に採用されているのは広辞苑ばかりという状況。広辞苑は高校生向けの辞書として作られているわけではないのに、それがデフォルトになる。
    • 出版社の機能はマーケティング。実際にものを作る印刷や執筆はアウトソースしている。
    • 電子辞書に関して言えば、ハードウェアはメーカーが作る。価格にも出版社はノータッチ。販売場所やルートも知らない。自ら宣伝やブランドコントロールもしていない。マーケティングはほぼすべてメーカーがしている。出版社がデータを出すだけでお任せにしているうちに、メーカーにすべて握られた状態。
    • 2000年代に、これではいけないということでいくつかの出版社が相談し、自社ブランドの電子辞書を立ち上げた。が、うまくいかなかった。コンテンツの独自性を出せないのが失敗の要因。
    • 例外として、医学書系の出版社が立ち上げたものはよかった。看護系のブランドが確立していた。価格は出版社が決めており、それなりに高額だが値崩れもない。医学書には特有のルートがあり、地域ごとの老舗書店が押さえている。そのルートを使ってプロモーションもできたこと等が成功の理由。
    • 一方電子書籍はどうか。書籍としては商売になっていない。昨年の電子書籍の売り上げは650億。ほとんどが携帯用コンテンツであり、電子書籍専用デバイスのものは24億円。書籍全体の売り上げは8300億、割合はまだまだ少ない。ちなみにアメリカだと15%程度。
    • 価格設定の際の力関係は、まだ出版社が少し強い。ただし公正取引委員会の見解としては、モノでない電子書籍再販制度の対象外。したがって出版社が価格拘束したら違法になる。
    • これからはプロモーションを出版社がやらないといけない。従来は本好きな人の集まる書店という場所に本を陳列することが、もっとも効果的なプロモーションだった。これからどうするか。
    • 出版社は流通をコントロールできるのか。Amazon等はコンテンツの生産から流通まで手がける垂直統合モデル。電子辞書についても、出版社が何もしなくていい状態が続くかどうかは疑問。
    • 電子書籍は、まだ「無い」といっていい。デバイスを買っても、まともに読めるものは青空文庫ばかり。新刊はない、古本屋のような状態。
    • 最近は図書館でも電子図書館をやっている。千代田区*1堺市*2萩市*3大阪市など。コンテンツ数は3,000程度。このくらいでは全然駄目。
    • アメリカで電子書籍が成功した理由としては、そもそも電子コンテンツがかなり出ていた。Amazonも、もともとが小売りだけに流通の仕組みをきちんと作っている。そういう準備の整ったところに、kindleが登場した。
    • 日本では電子化自体がまったくまだ。講談社ですべての新刊を電子書籍でも出すといっているが、これは来年夏の予定。
    • バイスももっと普及しないといけない。デバイスが100万台売れたとして、全員がダウンロードしてやっとミリオンセラー。
    • 出版社がきちんと目の届く範囲でコンテンツを作らなくてはいけない。日本の出版社は、作ってから売るまでを自分でできるか。プラットフォームとしては取次任せ。
    • 電子書籍の普及が出版産業に影響したという言い方がされることがあるが、書店や出版社の倒産は電子書籍のせいではない。
    • ただし、書籍でなく雑誌にとってはリスク要因。売り上げがマイナス45%。最新の情報を得る、コミュニティを作るといった雑誌の持っていた機能がWebに代替されつつある。書籍は元々取次の中では不採算部門であり、雑誌で利益を出していた。その雑誌がダメージを受けることで利益が減りつつある。
  • 質疑
    • 質問:雑誌の売り上げ減に電子書籍の影響があるとの話だったが、それは雑誌が電子化されることで紙の雑誌の売り上げに影響という意味か。
    • 星野さん:そうではなく、雑誌の持っていた機能が代替されるということ。雑誌の中でも週刊誌、情報誌など、ネットが得意な分野から部数が減っている。
    • 質問:電子教科書について、出版業界ではどう思っているのか。
    • 星野さん:教科書ルートへの影響が大きい。教科書ルートに関わっているのは地方の老舗書店で、地元でそれなりに信頼されているようなところが多い。教科書自体は安いものだが副教材が利益源になっている場合も多い。既得権益と言われるかもしれないが、そういう堅実な書店の生活に関わる話。文科省内でも色々な意見があるようだ。
    • 質問:雑誌の売り上げ減に対して、取次はどう対応しているか。
    • 星野さん:昨年のニッパンの決算をみると、全体としては減益だがそれでも利益が出ている。売り上げは微増。10年くらいかけて、書籍の返品率を下げる努力をしてきたことが実っている。トーハンでも同様の取り組み。
    • 司会:アメリカでは、ネットの影響を食らっているのは雑誌ではなく新聞。アメリカでは雑誌は定期購読が主なためで、日本とちょうど逆の状況。


 この後パネルディスカッションと質疑。が、眠いので本日はここまで。