続・漢字文献情報処理研究会2011公開シンポジウムに行ってきた。
前回のイベントレポートの続き。
※繰り返しますが、例によってxiao-2が聞きとれてメモできて理解できてかつ覚えていた範囲、のメモ。誤記・誤解はたぶんあり。敬称は「さん」に統一。
後半、パネルディスカッション。まずは各パネリストから補足など。
- 石岡さん
- CP・PFの取引形態に3種類ある。ホールセールモデル、ジョイントベンチャーモデル、エージェンシーモデル。
- ホールセールモデルは、メーカーが卸売に売り、卸売が小売店に売るもの。段階ごとに所有権も移転する。価格設定を行うのは小売店。
- 書籍の場合は再販制があり、小売店でなく出版社が価格を決めている。再販制が適用されるのも、モノの取引を前提としているから。
- 電子書籍の場合は?コンテンツは無体物だが、モノの売買に準じて扱う。AppleやAmazon等のPFが価格設定する。
- 2番目にジョイントベンチャーモデル。組合型ともいう。売買に関わる者同士がひとつの組合に参加し、最終的な利益をその組合で分配する。着うた配信がこのモデル。投資規模が大きくリスクの大きい場合に使われる。映画製作委員会はこの例。
- 3番目にエージェンシーモデル。委任契約型。小売店がモノを80円で仕入れて100円で売るのではなく、100円で仕入れて100円で売る。ただし売る度に20円を手数料として受け取れる、という仕組み。結果として小売店は20円を得るが、利益ではなく手数料という性質のお金。このモデルの場合モノの取引とは性質が違うため、再販制度の問題にならない。
- エージェンシーモデルは取次。ここでいう取次は書籍の卸売業のことではなく、法律用語。「他人のために自己の名をもって法律行為をなすこと」。
- 物品の販売について「取次」を行うものは商法上「問屋」に当たる*1。問屋の場合、委託者が価格を指定した場合にはそれを守る義務が生じ、指定価格より安く売る場合はその差額を自ら負担する必要がある*2。
- だがコンテンツは物品とはいえない。PFを「問屋」と見なすことが妥当なのか?疑義が生じうるので、今後契約で揉める点となるかもしれない。
- 海外での書籍価格の設定について。ドイツでは書籍定価拘束法という法律がある*3。フランスでは電子書籍の再販を定めた法が2011年5月にできた*4。これは小売り価格を決められる規定。黒船来航への対抗措置といえる。
- 木村さん
- 星野さん
- 石岡さん
- ライセンス契約でも国ごとに違う。「代理」の概念が違ったりする。
- ちょっと違う話だが、国際契約に関して。技術導入契約において日本が不利な契約を押しつけられるケースが多かった時代、公正取引委員会への届出義務が契約相手との交渉のカードに使われることがあった。余りに不利な場合「この内容だと公正取引委員会の許可が下りないから」とはねつけることができた。今はあまりないが。そういう方法でコントロールすることもできる。
- 電子辞書について。メーカー側が出版社に「お願い」する立場だったというのは意外。他の製品では、やはり量販店の価格圧力がすごい。
- 雑誌の衰退については、雑誌というより流通自体の衰退だと思う。そもそも書籍は雑誌と同じような売り方をするものではなかったのかも。
- ふたたび会場からの質疑
- 会場:辞書を使う立場からすると、古い版の辞書の記述に価値があることもある。電子辞書であれば、そういう版違いは更新されてしまう。図書館が古い版の辞書を残しておく必要があるのでは。
- 司会:それは分かる。辞書の改訂というのは時代を反映する。中日大辞典でも、最新ではなく第2版をあえて使っていたりする。手に入らないから古本屋で探す。
- 木村さん:メーカーだった立場からいえば、古い版の辞書にニーズがあるというのは認識していなかった。機械は10年使うともう部品が手に入らない。デバイスが使えなくなる。電子辞書自体を保存するというより、別の方法が必要だろう。
- 木村さん:出版社にいる立場からいえば、古い版の情報を残すこと自体は可能だと思う。紙だと印刷しないといけないので落とさざるを得なかったりするが、むしろ電子の方がやりやすいだろう。データを社内的に持っておくことはできるが、問題はそれをお客さんにどう使ってもらうか。Web上でなら可能か?
- 星野さん:JapanKnowledgeなどでも、更新履歴はみんな気になる。保存という観点からは、なるべく色々なところに情報を置いておくのがよい。
- 司会:最近は紙版がなく、電子でしか作られない辞書もある。そういった電子辞書は国会図書館に入っているのだろうか。
- 会場(国会図書館の人):取次を通るものは納本されている。再生機械と共に納本されたCD-ROMもあった。取次を通らないメーカーのものに関しては、ない。
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- 会場(出版社の人):バージョン管理の話。電子版でもパッケージで出せば残るだろう。今はWeb版でどんどん出ている。便利だが、保存という観点からはこれでいいのか。フローとストックを考えるべき。
- 司会:電子辞書は10年くらい前には、最新でなく一つ前の版のデータが入っていた。今の機種だと最新の版が入っている。なぜ?
- 木村さん:出版社により違うが、その傾向はある。最新の版ではどうしても赤字(訂正?)が入るので、それがある程度収束してから。作る順序的にそうならざるを得ないこともあった。今は紙の辞書を作る段階から、電子辞書化を想定して作っている。
- 星野さん:書籍で、なぜ新刊が電子書籍にならないかという話とも関わる。データは校了済みでないと出せないが、最終的に本としてでる直前までに複雑なプロセスがあり、「最終データ」というものがどの段階かわかりにくい。出版社で電子書籍をやる人は、まず印刷屋さんとそのあたりの合意をとることから始める。
- 司会:機関リポジトリでも似たような話がある。機関リポジトリとは、大学や研究機関の研究成果を蓄積して発信するもの。データの最終版を登録するには出版社等と調整が要るため、プレプリントの段階で入れたりする。間違いが残っていたりして、ちょっと恥ずかしい。
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- 会場:二つ発言したい。一つめ、コンテンツの固定化という話題が出ていた。自分は大学教員だが、現場でその弊害がすでに出てきている。教員でも電子辞書だけ引いて、そこに搭載された辞書で見つからないと終わってしまう人がいる。メーカーは売れるように作らないといけないので、人気辞書に偏るのも仕方ないが。
- 会場:二つめ。紙媒体の資料にソフトウェアのCD-ROMがついてきて、PCにインストール後はWebで勝手に更新されるものがある。どこが更新されたか分かるようにできないか。
- 星野さん:固定化のマイナス面としては、リターンマッチがきかないこと。5,000人くらいしか買わないものを、10万人向けの商品にするのは難しい。辞書の旧版は、その意味で限られたニーズといわざるをえない。
- 木村さん:売れるものでないと作りづらい。メーカーとしては、量販店の声を聞く。
- 木村さん:PCにインストールする電子辞書の話については、電子化されたものはフローにならざるを得ない。要望は是非メーカーに伝えてほしい。メーカーはノーアイディア、ニーズがあるなら作る。ただ、その面のコストを誰が負担するか。スマートフォンの方がやりやすいかも。
- 司会:ネットで見つからないと「ない」と考えてしまう人はいる。
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- 会場:電子化すると著作権で儲けるしかない。だが、版元には権利がほとんどない。なんとかエージェンシーモデルでやりたいと思うが。一番強いのは著者。どうすれば版元が権利を訴えられるか。
- 石岡さん:音楽については、レコード製作者にはプレス権という権利がある。だから著作者を横において「着うた配信」のようなサービスができる。着メロに比べて、着うたは歌う人がいる分権利者が増える。
- 石岡さん:音楽と出版物の違いは、著作隣接権。隣接権を認めるほど、独占禁止法に触れやすくなる。最近著作権法で公衆送信権に関する記述が増えたものの、まだスカスカ。
- 星野さん:既存の出版契約は優先権のみだった。去年新しい契約書の雛形ができ、ここには電子化権も盛り込まれている。ただし電子化権を規定するということは、逆に電子化する義務が発生するということ。出版物の契約を結ぶと刊行義務が発生するのと同じ。
- 星野さん:アメリカでは非常に細かく契約で定める。刊行の半年前からプロモーションを行い、間に合わなければ違約金をとる、といったように。
- 司会:書籍の再販制度は、電子書籍にはない。取引形態を変えるのではなく、電子書籍も再販制度の対象に含めてはどうかという意見もあるのか。
- 星野さん:外国では別制度の場合が多い。日本の再販制は、世界でも珍しいくらい固い運用になっている。
- 石岡さん:電子書籍はモノではないから、「再販」の枠組みにうまく乗ってこない。法律を整備するなら、フランスのように電子書籍に特化した法が必要だろう。そういうところでは、国民にも再販制への支持がある。だが日本では国民に再販制が受け入れられているか?信頼されているか?そもそも意識されているか?
- 石岡さん:EUでは再販制自体が本来だと違法になるため、それを処理するための法律を作った。日本でやるなら、商法等との関係をどうするか。
- 石岡さん:過去に再販制が論じられてきた際、再販制が必要な理由として、地方での流通、部数が一定数ないと高くなるといったことが挙げられてきた。だが電子書籍だと関係ない。再販制は「文化」を保護するためでなく、他のものを保護するためのもの。
- 星野さん:定価販売自体が、大正時代に小売りの人が作った仕組み。雑誌の乱売を防ぐ意味があった。現在書籍の固定正味は70%。仮に出版社側で価格設定をできたとしても、固定正味まで認められるかは疑問。*5、*6
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- 会場:雑誌が売れなくなると書籍に影響が出る。雑誌連載のように、ワークフローに雑誌が入っているものなど。作る過程が変わったとき、内容や質に変化が出るのか。
- 木村さん:電子辞書では、紙の辞書を作る時点から電子辞書化を意識するようになり、ワークフローが変化した。書籍も同じかも。
- 星野さん:雑誌の中でも顕著なのはコミック。コミック雑誌の市場は400億円と言われ、そこで新人を育てている。それがネットになったとき、どうやって新人を育てるか。一方文芸誌は元々儲かっていないので、ネットに移行することに抵抗がないだろう。
感想。
- 非常に充実した議論だった。頭もメモとが追い切れなかったのが、残念無念。
- 電子辞書って電子書籍なんだ、という当然のことを実感。電子書籍というとKindleやiPad等の読書端末を使って読むもの、一冊のまとまりをもった本の中身を電子化したもの、という思い込みが自分の中にあったらしい。すでに電子化されている書籍の先行例として、なぜ今まで意識しなかったのか不思議なくらいだ。
- で、先行事例なればこそ、取引の契約形態とか、メーカーと出版者の関係といった生々しくて地に足のついた話題が出てくる。電子書籍関連の話はバリバリの技術寄りか、でなければ何でもできる魔法の杖みたいな漠然とした印象を自分は受けることが多かったのだけど、こういう話を聞くと現実的な課題として迫ってくる。電子ジャーナルとか有料データベースを取り入れていることの多い大学図書館の方が、公共図書館よりも一日の長があるかもしれないな。
- 辞書の旧版に対するニーズの話に関連して、Wikipediaのことを思い出した。Wikipediaの編集履歴だと、誰が(実名ではないが、ある程度個別認識可能な形で)いつどのように記事を書き変えたのか見ることができる。スペースに限りのある紙の辞書はもちろん、固定デバイスでデータを増やせない電子辞書にもできない芸当だ。紙の辞書に比べて信頼性に劣る云々と言われがちなWikipediaだが、この点を考えると…うーん信頼性って何だろう。
*1:商法(明治三十二年三月九日法律第四十八号)第二編第六章「問屋営業」]
*2:商法554条「問屋カ委託者ノ指定シタル金額ヨリ廉価ニテ販売ヲ為シ又ハ高価ニテ買入ヲ為シタル場合ニ於テ自ラ其差額ヲ負担スルトキハ其販売又ハ買入ハ委託者ニ対シテ其効力ヲ生ス」
*3:参考文献(PDF):渡邉斉志. 書籍価格拘束法の制定. 外国の立法. (215), 2003.2, 132-139.