できそこないの男たち

できそこないの男たち (光文社新書)

できそこないの男たち (光文社新書)

 冒頭で、突然抽象的なイメージが挿入される。なんだこりゃと面くらいながら付き合っていると、いつの間にか生物学の話に入っていって、なるほどと腑に落ちる。そういう展開が、しばしばある。
 このパターンは「生物と無生物のあいだ」でもよく出てきたけど、さらに語りの要素が強くなった気がする。それが自分の読み方のテンポと合わない時には、多少苛々する感じがないでもない。しかし専門的な話が驚くほど分かりやすくなるのは、このイメージの示し方が絶妙に巧みなお陰。

 性というテーマを扱いながら、ちっとも生臭くならないところもすごい。生きたままの動物を切り刻んで内臓をスライス…といった、実験の具体的な方法が長々と書かれている部分など、一歩間違うと読み続けるのが苦痛になるだろう。実験の趣旨以前に残酷で目を背けたくなるか、逆に無味乾燥で読んでいられなくなるか。それが淡々と、しかも知的に面白くて飽きない。この人の文章全体がそういう感じ。良い意味で学者らしい文章というのかも知れない。
 学者という人種は何が楽しくてこんなことをしているのか、片鱗ながら理解できる気がする。とても貴重なことだ。

 お陰で、別な意味でナマモノの情報もさらっと扱える。
 読みながら、「Y染色体と言えば、政治的にデリケートなあの件はどうなのかなぁ」とぼんやり気になっていた。それが第9章「Yの旅路」で触れられていてびっくりした。結構核心をついた見方を示しているけれど、批判も肯定もせず客観的に書かれている。これなら無用な摩擦も起きにくいかも。

 それだけに、第10章・第11章は急に話が俗に落ちた感じで、ちょっと興ざめした。中途半端にスキャンダルを持ってこなくても、充分面白い結論なのになぁ…。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)