公共図書館の利用をめぐる評価

公共図書館の利用をめぐる評価

公共図書館の利用をめぐる評価

図書館関係の本は、図書館員でない人が書いているものの方が面白い気がしてならない(たぶん不勉強なせい)。そういうわけで著者略歴を見て、業界内の人でないと分かったらそれだけで読む気になった。
期待どおり面白かった。

序でいきなり、色んな意味で図書館員が書けないようなことをサックリ断言。

公共図書館は、少なくとも日本では不要不急の目立たない公共施設である。(中略)日本において突然ある都市から市立図書館が消えたとき、本当に困る人はいるのであろうか。もしいたとして、そういう人が事前にその廃館を察知したら、第6章で書いているロンドンの市民のように、猛烈な反対運動を展開するであろうか。どうもそのようには思えないのであるが、次々と公共図書館は建設されている。(p6)」

この本の中で取り上げられるロンドン市民の反対運動は凄まじく、嘆願書、著名人の参加する広報、市民による資金作り、最終的には図書館への立てこもりに及んだとか。国民性や時代の違いはあると思うけれど。

また最後の第8章では、貸出機能中心という従来の方針がこれまたサックリ批判されている。

・「資料提供」は奉仕理念の一つであり基本機能の位置付けだったものが、いつしか貸出という特定の機能とあまりに強く結びつけられてしまった。それは70〜80年代には適切なシステムだったが、その後変革を図っていく必要があった。
・「資料提供」は貸出しと強く結びつき、もはやそのイメージを拭うことは不可能。別の基本機能を創出し、それを元に公共図書館の機能を問い直していくべき。

・図書館の活動を評価する上で、貸出冊数という指標があまりに重視されすぎている。有効な指標であることは事実だが、色々な保留もある。

特に「保留」の一つ「貸し出された本が読まれているとは限らない」という指摘には、今更ながら色々考えさせられた。
確かに、一冊の本の頭から尻まで読むには貸出しの方が便利だ。しかし調べ物のように複数の資料から必要な部分だけピックアップしたい場合には、図書館の中で事を済ませた方が効率的なこともあるかも知れない。
その場合「わざわざ資料を持ち出さなくても、図書館内でひととおりの作業を終えられる環境」が用意されていたら素晴らしいサービスと思うが、さてそういうサービスを評価するには何で測ればいいのだろう。


ひとつひとつの章を追いかけているときりがないのだが、この本の主張の大きな柱だと思ったのは以下の2点。

・時間的変移を追うことの大切さ。そのためには分析に耐えるだけのデータを収集し、かつ長期間保存することが大事。

自分自身、データを集めてグラフ化するまでは想像できても、こうして統計的な処理をして分析していくスキルがない。ましてや処理後の利用方法を想定した上で、データ収集の方法にフィードバックするなんて発想がなかった。マーケティングする人なら当然のプロセスなのだろうなぁ。

ちなみにここで取り上げられているのは図書館単位での時間的変移だけれど、一人のライフサイクルの中での利用の変化も分かると面白いかも知れない。「10代中頃まではよく児童書を借り出していたけれど、20歳前後でいったん足が遠のき、就職後はビジネス書を中心に滞在型の利用をするようになった」とかなんとか。第1章で出てくる「再潜在化層」の潜在化の理由を探るには必須だろう。都市計画との繋がりを考える上でも意味がある気がする。
ただ単純に調査すると特定の個人の利用変遷を追うことになるので、貸出履歴とプライバシーの問題が絡んできそう。何かいい方法ないかしら。

・図書館の機能を分化し、緊密なネットワークによって運営するべき。たとえば図書館は活字文化の保存と提供だけを担い、デジタル資料・児童サービス・AV資料等の提供機能は別の機関を立てる。機能分化により、各館の独自性を維持することができる。

むしろ図書館・美術館・博物館などの役割は融合していく傾向にあると思っていたので、へえーと思う。ただし疑問も感じた。
まず単純に、活字とデジタルは切り離せるもんだろうか、というのが一つ。
あと専門性の高い機関も、緊密なネットワークも、優秀な人材と充実した設備が必要。つまり費用がかかる。いったいに公的機関が縮小されつつある中で、そういう方向の改革が認められるんだろうかと疑問。大阪府の改革では真逆のことをしているし。


その他、面白かった部分。

・巨大な開架閲覧スペースを備えた図書館建築は、空調効率が悪く維持コストが高い。また利用者と図書館員の心理的距離が遠くなりやすい。(第8章)

このへんは建築の人ならではの指摘?読みながら激しくうなずいてしまった。いや個人的には好きなのだけどね、広い閲覧スペース。
広い閲覧スペースでの利用者の行動を、スーパーマーケットでの買い物にたとえた表現がものすごく腑に落ちる。確かに広いスーパーでは、店員さん(=図書館員)にものを尋ねる気が起きにくい。レジにしか店員さんがいない店だと、なおさらだろう。

・第7章「ソウル特別市による公共図書館機能の特性」

韓国の図書館事情をまとめて読んだのは初めて。学生による座席利用が中心だとか、割と最近まで利用料を取っていたとか、へえーという感じ。なんとなくイメージとして持っている一昔前の日本の公共図書館のイメージに近い。一方で、文化講座やコンピュータ室も図書館の仕事として担っている、というのが面白い。
よろず知的なものを取り扱う施設、というイメージなのだろうか。それはそれで一つのあり方。


序では一刀両断だけれど、きちんと読むと図書館に深い愛情を持っていることが伝わってくる。

「いかにしたらそういう快適な居心地のよい図書館を作れるかという「滞在型」をテーマにしたような研究をしなければならなかったはずであるが、なぜか「原風景」から大きく外れた無味乾燥な研究をしてきたことになる。」(あとがき)

と反省めいたことが書かれているが、愛情を持ちながら客観的な分析をし、批判をするのはほんとうに難しい。特に業界の人には。代え難い貴重な視点が書かれた本だと思う。