日本図書館研究会第335回研究例会「雑誌の図書館 大宅壮一文庫の成り立ちとこれから」に行ってきた。

 こういうのに行ってきた。

2018年1月27日(土)日本図書館研究会第335回研究例会
発表者:鴨志田浩氏(公益財団法人大宅壮一文庫事務局)
テーマ:雑誌の図書館 大宅壮一文庫の成り立ちとこれから
http://nal-lib.jp/events/reikai/2017/335invit.html

 大宅壮一文庫*1は2015年に一度訪れて圧倒されてきた場所*2だが、改めて中の人の話が聴けるとなればそれはそれで興味深い。参加者は20名程度、老若男女。
 という訳で、以下はxiao-2の聞きとれた/理解できた/メモできた/覚えていた範囲でのメモ。

  • 大宅壮一について
    • 大宅壮一は1900-1970。大阪高槻市の生まれ。
    • 造語の名人。「一億総白痴化」「恐妻」等の言葉を残した。大阪人の活躍ぶりを華僑になぞらえた「阪僑」という言葉も。
    • 写真もやっていた。ライカで、メモを「撮る」ということを始めた。ハーフサイズカメラを手にした写真が残っている。フィルムカメラが36コマまで撮れる、その中に仕切りを入れることで倍の72コマまで撮れるようにしたものがハーフサイズカメラ。これを2台持ち歩き、144コマまで撮れると自慢していた。
    • 大宅壮一ノンフィクション賞を創設、若手の登竜門となった。またフリーの作家や評論家のクラブを作る等、マスコミ人脈を多く育てた。そのひとつの成果が大宅壮一文庫
    • ただ、大宅壮一の著作は現在入手可能なものが少ない。参考になりそうな図書としては下記3点。

週刊誌風雲録 (ちくま文庫)

週刊誌風雲録 (ちくま文庫)

    • 高等小学校の頃の写真。富田の醤油屋の子どもで、学業と家業を両立。
    • 茨城中学校生徒日誌の写真。大正4〜7年頃。本人は「自分は日記をつけたことがない」と言っていたが。
    • 大阪府立茨木高等学校の所蔵する写真。御大典記念でプールを作る作業の写真。生徒自身が掘っていた。後ろで水車のような器具を踏んでいるのが大宅壮一。これは数年前の毎日新聞で取り上げられた。
    • 文藝春秋の記事「阪僑罷り通る」。
    • 生誕の地には顕彰碑*3があるという。
  • 大宅壮一文庫について
    • 大宅は取材や執筆のため全国を飛び回っていたが、行く先々で古本屋を回っていた。チッキ*4で大きな箱がいくつも届くが、子どもたちがお土産かと喜んで開けてみると本ばかりでがっかりしたというエピソードがある。
    • 収集目的は著書『実録・天皇*5』や『炎は流れる*6』等の本を作るため。明治大正の本を大量に集めた。
    • 亡くなった時の蔵書は20万冊。うち17万冊が雑誌であったことから、雑誌専門図書館として大宅壮一文庫がスタート。
    • 溜める一方で、整理・分類にも力を入れていた。整理のための助手を自費で雇っている。
    • 昭和30年頃の書庫の写真。母屋の横にブロック建ての書庫。これは現在も残っている。
    • 1970年11月に大宅壮一が没し、翌年5月に文庫が開館。ずいぶん早い。スタッフや書庫等、生前から公開可能な状態だった。
    • 現在の所蔵雑誌数は約1万タイトル、約78万冊。一番古いのは明治8年のもの。
  • 雑誌コレクション*7
    • 日本初の雑誌は『西洋雑誌』。タイトルに雑誌という語が使われた初めてのもの。慶応3年の相関。
    • 明治から平成まで、雑誌は150年の歴史がある。これを通読していくと、研究者とは異なる視点が得られる。
    • 大宅壮一文庫開館当初は、一日の閲覧が2〜3人という感じで細々とやっていた。
    • 書庫は8ブロック。スタッフが場所を覚えるのに1ヶ月ほどかかる。
    • 雑誌は合冊製本しないで、背表紙も出た状態で保存している。
    • 昔の『婦人公論』は、実は発行者にも所蔵がなかったりした。
    • 書庫の写真。電動式書架もある。
    • 立花隆が「田中角栄研究」を書くために利用したことで、大宅文庫の名前が売れた。
    • 利用者の9割はマスコミの人。
    • ネットの普及により利用が減り、財政的に苦しくなった。
    • 3・11の時も無事。むしろガタついていた扉が揺れで直ったりした(笑)。
  • クラウドファンディングについて
    • 背景
      • 大宅文庫は親組織や、運営のための基金等が無い。利用料だけが収入源。では利用が増えればいいか、というと、それはそれでコストも増えたりする。
      • 公益財団法人なので税制上の優遇等がある一方、制度上色々と厳しい点もある。寄付を集めなければならない。
      • 寄付の仕組みは従来もあるにはあった。賛助会員という制度。しかしだんだんと脱退や減額が増えてきた。
      • 突破口として考えたのが、松竹大谷図書館*8クラウドファンディングReadyforを利用した成功例。
      • Readyforの人に話を聴いたりして、2016年の5-6月にクラウドファンディングを開始*9。これはAll or Nothingの仕組みで、目標額を達成できなければ何ももらえない。
    • 始めた理由
      • 運営資金が苦しいという理由の他に、もう一つ理由があった。
      • これまでの文庫利用者はマスコミが9割。しかしマスコミでも下請け会社が制作を行うケースが多くなり、わざわざ足を運べないことなどから利用が減っていた。従来の利用者を広げることができない。一方これまでの利用者と異なる層に訴えようにも、方法が無かった。
      • 文庫は50年近く活動をしてきた。自分は30年働いてきたが、最近「大宅文庫」「大宅壮一」と言っても知らない人が多くなってきた。名前だけで活動が分かってもらえない現状。「こういう所である」と呼びかけをしたい。
      • 利用不振の原因の一つにネットの普及がある。
      • 財政難は数年前からニュースになっていたが、ネットでの反響は「既に使命を終えたからだ」「デジタル化していないので使えない」といった冷ややかなものだった。
      • そういう場所に出していって受け入れられるのか。金額達成までは非常に不安だった。
    • 達成までの経緯
      • 2017年5月18日(木)に募集を開始した。開始にあたってマスコミに色々声もかけたが、昼間取材に来たのは新聞社3社のみ。
      • 初日は20時くらいまで職場で反応を見て、寄付金額が20万円程度になったところで帰った。Readyforの人からはスタートダッシュが重要と聞いていたが、これでいいのか?どうなのか?という感じ。
      • 帰ってみたら上司から留守番電話が入っている。その晩に突然300万円くらいに跳ね上がった。
      • 一番の理由は、昼間取材に来てくれた朝日新聞のデジタル版の記事が夕方に掲載されたこと、あわせて著名人がSNSで拡散してくれたこと。野木亜紀子さんや津田大介さんなど、一般的に知名度の高い方*10
      • 19日にNHKから電話があり、夕方のニュースのために取材の申し込み。
      • 結局、その週末までに500万を達成してしまった。土日は仕事が休みなので、金額達成のお礼の原稿を土曜に家で書いていた。
      • Readyforでは、寄付者はコメントを書くことができる。コメントは一日以内に返信するのが基本。週末は自宅からずっとコメントの返信をしていたが、追い付かなかった。
      • 自分の感覚としては、クラウドファンディング達成のための努力というより、一番頑張ったのはコメント返信や取材対応。達成後クラウドファンディングについて講演依頼されるケースが増えたが、本当に苦労した部分を話せてているのかどうか自分でも心もとない。
    • その他の反響
      • NHK以外にも各メディアで取り上げられた。文藝春秋朝日新聞天声人語。テレビ番組「探検バクモン」ではデヴィ夫人が来た。なおこの人は生前の大宅壮一に会ったことがある人。
      • テレビの影響というのは、自分の届かないような範囲に及ぶものだと思っていた。しかしテレビに取り上げられたことで、地元の地区広報誌に初めて取り上げられた。
      • また別の反響。500万円の目標額に対し800万円を超えたということで、Readyforの年間表彰*11の候補になるというおまけがついてきた。
      • 実資料しかない図書館がネットに訴えて助けてもらったという話が、聴く人の琴線に触れたよう。
      • 表彰の他の候補は、1千万円くらいの案件。大宅文庫では、支援人数が760人と少ない。一人1万円くらい寄付していただいた勘定。
      • Readyforは小口の支援をまとめて得るのに効果的な手段。わずかしか寄付できないと遠慮してやめてしまう。しかし、この人数でこの金額というのは特殊な例。
      • 寄付者の内訳をみると、ほとんどは過去に利用していた人。
    • 今後
      • 金額はかなり集まったので、今年と来年くらいの運営は一息つける。
      • しかし、広報という観点からはどうか。2017年12月の来館者数を見ると、前の年より800人減少してしまった。実際の利用につながっていない。
      • もともと目標金額を設定する際、プロジェクトをはっきり立てたわけではなかった。現状の厳しさから見て「運営を助けてください」ということを目標とした。
      • 今後第2回を行うとしたら、どんなテーマでいくら設定すべきか。どれだけ、どういう努力が必要か。
  • 大宅壮一文庫雑誌記事索引の紹介
    • 文庫はOPACをまだ導入していない。手書きの所蔵台帳しかない。ノートに縦線を引いて区切り、日付を書きこむもの。
    • 大宅壮一の設計思想として「資料室全体でひとつの百科事典のようにする」というのがある。何を持っているか、ではなく、何が書かれているかの記録の方に重点。
    • 雑誌記事索引にも大宅の考え方が反映されている。当初スタッフが、重要なテーマだけ採ることにしようと提案したら「重要かそうでないか、誰が決めるのか」と大宅に叱られたエピソードが残っている。
    • たとえば「ドナルド・トランプ」で検索すると、1980年の記事で、当時不動産王だったトランプ氏が大統領になることをもくろんでいるという記事がヒットする。まさかこれが事実になるとはだれも思わなかっただろう。
      • あるいは、1974年のモナリザ来日の記事。モナリザの美術論的なことは書かれていない。そうではなく、モナリザが展示されることに日本でどんな反響があったか知ることができる。
    • 基本的には見出しまたはキーワードから検索。見出しは、記事に直接あたって採録する。
      • 採録の方法についても、目次をOCRにかければ省力化できるのに、といった声があった。しかし雑誌の目次タイトルというのは煽りが多い。ある程度採録者が目を通し、判断したうえで、必要ならコメントを備考に居れる。
    • 人物情報とそれ以外の情報で検索可能。学術雑誌はほとんどない。
    • 索引数ランキング。採録開始以降のランキングでいうと、トップ3位は松田聖子小沢一郎長嶋茂雄
    • 件名索引項目
      • 大宅式分類法を採用。図書館の分類とは違う、色々なキーワードで分類している。この判断も難しい。
      • たとえば「自動運転」というキーワード。自動運転の法律的観点か、それとも経済的観点か、技術的観点か、福祉的観点か。または、いいことと捉えているか、悪いことと捉えているか。
      • 分類と定義がはっきりしないものはキーワード化が難しい。一例はセレブ、コラボ、アベノミクス等。
  • 最後に宣伝
    • 毎月第2土曜日には書庫ツアーを開催している(())。団体の場合は別途相談。
    • 9月には、ノンフィクションを取り上げたイベント*12も実施した。
    • 索引の冊子体もオンデマンド出版している*13
    • (この後、実際のWeb-OYAをデモ操作)
  • 質疑
    • フロア
      • デモの記事検索の様子を見ていると、キーワードがとても重要なもののようだ。どういう基準でつけているか。
    • 鴨志田氏
      • 検索キーワードは百科事典の見出しにあたるものと考えている。
      • 言葉の定義が固まっていく過程で、言葉自体が変わってしまうことがあるのが困る点。たとえばトトカルチョという言葉。現在は合法だが、昔は非合法の賭博を指していた。
    • フロア
      • 利用者が増えないという話。世の中にプロのジャーナリストは減っていないだろうと思う。図書館の雑誌記事索引OPACで引きやすくなった影響もあるかもしれないが、それには大衆誌は入っていない。これらの背景を踏まえて考えるに、なぜ大宅文庫の利用者が減るのか。
    • 鴨志田氏
      • メディア自体が変化しているように思う。聞いた話だが、出版でなくネットメディアへ人が行く。ネットメディアは少人数でシンプルに作っており、その分かけられる労力が減っていて、調査まで手が回らないのかもしれない。
    • フロア
    • 鴨志田氏
      • 公益法人のため、基本は単年度会計。収支は基本的にプラスマイナスゼロを求められる。貯金不可。具体的なプロジェクトがないと持ち越しができない。
      • 長い目で見ると、松竹大谷図書館のやり方が参考になるかもしれない。プロジェクトを細かく分割して何年かごとに寄付を募っている。
      • 大宅文庫では、過去には最大で60名の職員がいた。いまは30名。人数が減っているため、人手をかけないサービスに注力する必要がある。オンデマンドやWeb-OYAで利用が安定することを願っている。
      • 内部的には、これまで経営が苦しいと人件費圧縮を求められがちで、士気低下につながっていた。今回のことが成功体験として、きっかけになる。
    • フロア
      • 過去の冊子体等に掲載されていたデータは、Web-OYAに全部入っているのか。
    • 鴨志田氏
      • あえて入れていないデータもある。かつては人物について、書籍のデータも記載していた。現在は書籍が埼玉の離れた書庫に保管されていて、すぐ閲覧できないため。他にも掲載されていない部分がある。
    • フロア
      • 書庫がかなり満杯に近い状態ということだが、建物は大丈夫か。
    • 鴨志田氏
      • 消防の方には相談している。可燃物貯蔵設備に当たるので、火が出ないよう注意するように言われている。
      • 耐震に関しては、実は増築を繰り返しているために耐震審査ができない。建物をつなぐと正しく計算ができないため。工事をしようにも、利用料のみが収入であるので、工事のために休館すると収入が途絶えることになり難しい。
    • フロア
      • 公益法人であることで色々縛りがあるようだが、一般法人にしないのか。公益法人であり続ける理由はあるのか。
    • 鴨志田氏
      • 公益法人だと税金面での優遇があるとされているが、そもそも赤字なので課税対象でない。
      • ただ公益法人を一般法人にする際は、それまで税金で優遇されていた分に相当する資産を国に還付しないといけない。文庫の場合、資産はすなわち所蔵資料。返すわけにいかないため、転換は難しい。
    • フロア
      • マスコミ以外で活用している人はいるか。
    • 鴨志田氏
      • 広い意味ではマスコミだが、広告業の人が過去の広告を調べに来たりする。また卒論等、学生の利用。
    • フロア
      • 個人情報のため、索引の対象から除外してほしいという要請を受けたりはしないか。
    • 鴨志田氏
      • 索引に採録するのは、ある程度公人と認識されている人だけ。過去に除外したケースでは、ある事件の犯人と報じられた人からの要請に対応したことがある。
  • 感想
    • クラウドファンディングについて、寄付を募ること自体より、取材やコメントへの対応の方が労力のメインだったというお話が印象的だった。発表者ご自身は戸惑った感じで話しておられたが、聴いていると非常に腑に落ちた。寄付といっても無償でお金が貰える訳ではなく、コミュニケーションという対価を払わなければならないのだなぁ。
    • また、テレビに取り上げられたために地元に知られることになったという話も印象深い。マスメディアに露出したことによって、地域の図書館なら地元住民、大学の図書館なら学生や教員に、改めて知られることになったという話は、実際他でも聞いたことがある。物理的な距離が近くても、住民なり学生の目にする場所(たとえばテレビ番組)に無ければ、心理的な距離は縮まらない。
    • 来館利用が収入となっている以上、来館増がなければ継続的な運営安定に繋がらないというのは難しい状況だ。今回の寄付でお金を払った人達は、必ずしも利用者または潜在的利用者という訳ではなく、「自分は今使わなくても社会には大宅文庫があるべきだ」と考えたのではないかと思う。その支持を資産に変える方法が、寄付以外に何かあればいいのだろうか。
    • ところで、近くでWeb-OYAを使える場所を調べてみると「Web OYA-bunkoご利用機関一覧」なるものが公表されていた。興味の湧いた人は是非お近くの導入図書館へ行って検索してみるといいよ。