江北図書館へ行ってきた。

 機会があって、滋賀県長浜市木ノ本町にある江北図書館へ行ってきた。
 ここは明治時代に創設された私立の公共図書館で、いまも現役というユニークな施設。自前のホームページは無いので、どんなところか知りたければ他の人が紹介したもの*1を読むか、行ってみるしかない。というわけで、以下はいち利用者としての訪問レポート。記憶違いご容赦。訪れたのは2016年2月、小雨の降る寒い日。

  • 周辺環境

 最寄りはJR木ノ本駅。駅自体が木造2階建て白壁に瓦屋根の、駅にしては瀟洒な建物だ。実際古いのかレトロを目指して作られたものかは不明だが、趣がある。駅前の駐輪場なども同じ雰囲気の建物だ。駅の東口を出るとロータリーがあり、道路の向こう側に江北図書館が見える。目の前すぐという印象で、実際徒歩5分ほど。周りは、木造2階建ての住居や商店が建ち並ぶ町並みだ。

  • 概観

 建物は2階建て。白い壁に瓦ぶきだが、左右対称な正面デザイン、2階のアーチ形の窓枠など、いかにも明治・大正風な印象の建築
*2。2階建てといっても天井が高いので、周りの町並みと比べるとずいぶん大きく見える。
 入口の両側に、どっしりした木の看板が掲げられている。看板は1メートルくらいの大きなもので、文字を筆書きし、さらに周りを彫り込んである。右側の看板が「財団法人江北図書館」、左側が「社団法人伊香相救社」と書いてあるようだが、長年の歳月で色あせ削れて、ほとんど読めない。

  • 入口

 ガラス引き戸をガラガラと開けて入る*3。中はひっそりとしている。
 入ると、薄茶色のタイル張りのたたきが広がっている。左手には扉つきの下足箱。これも木製で、かなり使い込まれた感じの品物だ。側には真新しい木のすのこ。片隅には小さい手洗い場があり、横にタオルが下がっている。右手にはパンフレットやイベントのチラシ等を置く棚があるので、そちらを見れば多少公共図書館っぽい雰囲気があるものの、全体の印象はなんだか昔ながらの銭湯の入口のようだ。
 上がり框にスリッパが並ぶ。ここで靴を履き替え、建物内に上がる。建物内は床も天井も基本的に木造で、壁はしっくいの白。
 玄関に入ってすぐの右側には細い廊下が伸びている。廊下の手前の方には、小さな書棚を置いて文庫本の小説などが並べてある。ラベルを貼っているものもあれば、特に装備をしていなさそうなものもある。廊下の奥を覗き込むと、2階へ続く階段らしいものが見える。ただし「2階には無断で上がらないでください」という張り紙が見えたので、ひとまずそちらへは行かない。
 正面にはもう一つ木造のガラス引き戸があり、その中からが閲覧室らしい。この引き戸のちょっと手前、右側の壁に小さな発見があった。カーテンで隠されているが、小さな窓がある。形態からみて、ただの窓ではなく窓口として作られたものらしい。現在は使われていないらしく、カーテンの隙間から見える向こう側には書架の裏側らしきものが見える。昔はここで入館手続きをしていたのだろうか、だとすると向こう側は本来事務スペースだったのかもしれない、と想像するのも楽しい。

  • カウンター

 ガラス引き戸を開けて閲覧室に入ると、暖かい空気にほわっと包まれる。玄関あたりは寒かったので、ようやくほっとする。
 入ってすぐ目の前にカウンターがある。カウンターといっても作り付けではなく、黒光りする木の机を置いてある。机の向こう側にはスタッフ*4の椅子があり、PCや文房具、事務資料らしきものがある。カウンターの左手にはコピー機が一台。事務用なのか、コピーサービスもしているのかは確認しなかった。背後には郷土資料と思われる資料を並べた書棚。一人入ったらいっぱいになってしまうくらいの空間だ。
 閲覧室、とは言ったが、かなり狭い。カウンターの机のこちら側には、貸出等の手続きをする人が座る椅子があるが、そこに誰か座っていると、後から入ってきた人は移動に少々気兼ねするほどの狭さ。図書館というより図書室という印象の方がふさわしい。
 スタッフの男性が一人おられた。いつも図書館を訪問するときは邪魔をしないよう、なるべく働いている人の視界を避けてウロウロすることにしているが、ここではさすがに無理。そこで挨拶し、多少お話も伺う。
 図書はほとんどが寄贈だそうだ。図書管理システムを導入する余裕がないので、原簿に手書きでつけているという。原簿も見せてもらった。中身は普通の帳面だが、丸背ハードカバーに黒い革風表紙の重厚な帳簿だった。貸出のときは、紙の申込書にタイトルや氏名を記入してもらうそうだ。
 自分が閲覧室にいる間に何人か利用者が来ていたが、カウンターの椅子にゆったり座り、スタッフの男性とひとくさりおしゃべりを楽しんでからおもむろに手続きをするという具合だった。利用者対スタッフというより、同じ町の知り合い同士といった距離感なのだろう。

  • 児童書室

 カウンターを正面に見て、左手が児童書の部屋。間の戸は外されており、距離もすぐそこなので、どちらかというと児童書室の片隅にカウンターがあるという印象だ。外に向かう大きなガラス窓があり、床は板張り。机と、それを囲むように4人分の椅子が置かれている。さらに奥にはじゅうたんが敷かれている。
 周りには木製の書架が並ぶ。カウンターに近い壁際には辞書や百科事典などいわゆる参考図書が並んでいる。それ以外は児童書がいっぱい。ラベルが貼ってあるが、いわゆる装備はしていない。絵本は窓側のじゅうたんの側に、読み物の本はそれ以外にと配置を分けてある。絵本の並べ方はタイトルのアイウエオ順。古く、すっかり日焼けして背表紙の字が見えづらい本もある。それでもいわゆる名作と言われるような有名どころが揃っている。
 部屋の真ん中に大きめの灯油ストーブが赤々と燃えている。同じ暖房でも、ストーブというのはエアコンに比べて親密な感じを作り出すような気がする。このあたりは雪もかなり降るはずだ。ストーブの側で本を手にして座りこんだが最後、小学生に戻ってしまいそうだ。初めて来る場所なのに、やたらと懐かしい。
 自分がいるうちに、小学生らしい女の子の二人連れがやってきた。一人は「初めて来た」と言いつつ、まったく臆する様子なしにスタッフの男性や友達とおしゃべりし、絵本を出してきて「ミッケ!」とやっていた*5。居合わせたよそ者のxiao-2にも距離感ゼロで「これ願いが叶うお守り、触ると幸せになれるんだよ!」と話しかけ、お守りに触らせてくれる。ご利益かどうかはさておき、確かにちょっと幸せな気持ちになれた。

  • 一般書室

 カウンターの前を通り抜け、引き戸を開けて一般書の部屋に入る。建物の正面から見ると右側にあたる。こちらは暖房が届かないので底冷えがする。板張りの床、室内にはスチール書架がいくつか。床に固定され、天つなぎがされている。
 落ち着いて眺めると、凝った建築だというのがよく分かる。正しい呼び方は知らないが、アールデコ風というのだろうか。ちょっとしたところで幾何学的な装飾が施されている。まず天井は赤みがかった木造で、全体は板張りなのだが、隅が格天井になっている。そこに模様が切り抜かれている。
 壁は腰くらいまでの高さが板張りで、その上が75センチくらいの大き目のガラス窓になっている。この窓は開け閉めできる。さらにその上は擦りガラスの明かり取り窓。窓のないところはしっくい壁。梁と壁のつなぎ目や、敷居と壁のつなぎ目にあたるしっくい部分に雲形のような装飾がある。
 窓も面白い。窓枠が単純な格子ではなく、幅や高さが微妙に違う区切られ方になっていてモダンな感じだ。はまっている擦りガラスも、ちょっと最近見ない不思議な模様。おそらくかなり古いものだろう。
 明かりは吊り下げ式の蛍光灯。顔の高さくらいまで下がっている紐で、つけたり消したりするようだ。蛍光灯自体は金属の鎖で吊り下げられている。部屋の他の箇所の雰囲気から見て、昔はもっと凝ったランプを使っていたのかもしれない。
 スチール書架の他に、ガラス引き戸のついた木製書棚が壁際にいくつかある。金属製の閂があり、一番下に謎の引き出しがついている。これも相当古そうだ。引き戸のガラスの表面を見ると、微かな歪みがある。これは昔の製法のガラスに特有のものだと聞いたことがある*6
 置かれている本は、あまり新しくはない。中には新刊もあるが、70年代に発行された本もあった。それでもきちんとNDC分類されている。書棚には分類が、番号ではなく言葉で書かれている。装備は、児童書室と同じようにラベルだけが張ってある。全体の規模はそれほど大きくないが、郷土資料の書架がきちんと設けられている。壁際には「ともしび文庫」と書かれた書棚もあった。県内の人が自費出版した本を県が収集して、構築しているものらしい。
 色々な種類の書棚が入り混じっている。新書がいっぱい詰まった書棚には「木之本ライオンズクラブ贈」とあった。寄贈されたのは書棚なのか、中身の本なのか分からないが、いずれにしても色々な人によって持ち寄られてきたのだろうなと思わせる。入口付近に二人掛けのソファが1つ、奥に一人掛けのソファが1つあるが、どちらかというとこの部屋は本を読むためというより、本を選ぶためのもののようだ。
 長押に額が2つ掛かっている。ひとつは「江北図書館」、もうひとつは「静観」。後者は大正二年と署名がある。

  • 2階

 スタッフの方に2階を見ていいか聞いたら、あっさりOKが出た。ただし「かなり老朽化しているから足元に気を付けて」という。ドキドキしながら階段を上る。警告どおり足元はミシミシ音を立て、横のしっくい壁にはいくつもヒビがある。
 2階は、畳敷きの、講堂のような広い部屋になっている。天井は高くて装飾的な格天井。そこからライトが下がっている。電気はついていないが、外から見えたアーチ形の背の高い窓から外光が入って明るい。黴臭さを予想していたがそれほどでもないのは、やはり窓が大きくて風を通しやすいからだろうか。足元の畳は古ぼけて完全にふかふかした感触。
 この部屋は現在は使っていないらしく、閲覧室から引き上げてきたと思しき書棚や本、下足箱、机などが雑然と置かれている。そのどれもが今では手に入らないような時代のついた什器で、わくわくする。古めかしいカードボックスを見た時には思わず歓声が出た。
 部屋の奥の方に堂々とした演台がある。その後ろは一段高くなって、仕切られている。かつてはここが舞台裏に当たったのだろうか。創設者らしい人物の肖像写真3枚が、高いところに掲げてある。窓の外に目をやると、町並みがよく見えて眺めがいい。ここで講演会などをやったのだろうか、町の人が集まったのだろうか、と想像してみる。

  • 全体の感想

 規模としては小さな図書館で、建物も資料も決して新しくない。しかし、なぜかほっと安心する空間だった。サービスの場所というより、親戚かご近所の蔵書家のお宅に遊びに来ているというような、そんな親しさが漂っている。建築はずいぶん凝っていて普通の家らしくはないのに、100年もの間本を選んだり読んだりするために使われてきた場所であるという歴史が安心感を醸し出すのかもしれない。
 いま作られる図書館は、100年後どうなるだろう。建物が古び、サービスが目新しくなくなっても、変わらず親しまれる存在になれるだろうか。そのために必要なものは何だろう…などと考えつつ、木之本町を後にした。

*1:たとえばしがまにあ|滋賀県最古・創立100年を誇る図書館: (財)江北図書館(情報は2010年02月更新)や、サントリー地域文化賞:江北図書館(2013年9月更新)

*2:図書館の資料などを見ると、江北図書館(の前身の杉野文庫)が木ノ本にできたのは明治37年のことだが、現在の建物がいつ出来たのかはよく読み取れなかった。とりあえず大正風と理解しておく。

*3:なお、この建物の戸はほぼすべて引き戸だったので、以下「戸を開けて」と書いている箇所はすべてガラガラとかガタガタとかの効果音を想像すること

*4:この呼び方が適切なのかどうかわからないが、要は働いている人。

*5:小学館「ミッケ!」

*6:参考:AGC旭ガラスホームページ「ガラスの王国」