誰がそれを書きのこすのか。

 カレントアウェアネスでこういうのを読んだ。

長尾宗典. 近年の図書館史(単館史)編纂の傾向. カレントアウェアネス. 2015, (325)
http://current.ndl.go.jp/ca1856

 元記事は「単館史」を以下のように定義して文献リストを作成し、内容などの分析を行ったもの。

単一の図書館が、自館の責任において、自館で所蔵する資料を活用しながら自館の歴史的変遷について記述した著作物。書名に「館史」や「年史」の語を含むか否かを問わず、編者または発行者欄に当該図書館の名称を配し、図書館の刊行物として単行本の形で発行されるもの。

 以下は記事の感想、というより、読みながら色々と思ったこと。 

 先の「単館史」の厳密な定義をxiao-2の雑な理解で言い換えると「ひとつの図書館が『わたしの歴史』として書きのこす歴史」。最初に頭に浮かんだことは、この定義に当てはまるものはこれからどうなるだろうな、という点だった。

 元記事の冒頭では、1910〜1920年代にかけて日本の図書館数が急増したという。それからずっと続いている図書館は、これから2020年までの間に開館100年を迎えることになる。100年というのはたやすいが、人で計ると3〜4世代くらいか。
 さて、その図書館の中で働く人の方はどうだろう。受け売りだが*1、日本の図書館の選任職員は1998年以降減少。一方で臨時・非常勤職員は1991年から2010年にかけて5倍に増加。そのうちでも委託・派遣で働く人が増えている。2010年には専任職員が35%、臨時・非常勤職員が44%、委託・派遣職員が21%。ちなみに指定管理者制度*2が始まったのは2003年で、2014年度までに、予定も含めると426館で導入されている*3
 雇用形態の多様化そのものについては、ここでは論じない。ただ確実に言えることは、図書館運営に関わる組織主体が複数化しているということ。そういう中で今後、図書館の「わたしの歴史」は誰が語ることになるのだろう。

 委託・派遣や指定管理者として図書館で働く人は、一般的には語りづらい立場だろう。長期間、同じ団体が管理者を続けていれば「わたしの運営した○○図書館何十年史」を語ることが可能かもしれないが、たとえば5年交代ならば5年ごとに運営者としての記憶は途切れる。受託する側としても、守秘義務の観点から、現在でなく昔運営していた図書館の記憶をうかつに語ることは難しいだろう。
 すると実際に働いている中の人ではなく、設置母体、たとえば公立図書館であれば自治体などが歴史を語る主体になっていくのかもしれない。言い換えると図書館という組織単位での歴史ではなく、自治体史の一環としての性質がより強くなる。
 その場合にも、蓄積されやすい材料とされにくい材料がある。元記事の「表 近年の主要な単館史の構成」の分類に従って見ていくと、運営者が変わっても蓄積されそうなのは統計。規則文書・人事・組織図・館内図なども、自治体側に痕跡が残らないとは考えにくい。また指定管理や委託になれば、契約書や報告書など図書館の仕事に関する文書が作られたり公になったりする機会は、むしろ増えるのかもしれない。
 一方で、回想は集めにくくなることが予想される。写真についても、イベントや新館竣工など特別な時はともかく、何気ない日常の勤務風景といった写真は案外残されないものだ。通史にも「直接その場に居たから書ける内容」を書き残すことは難しくなるかもしれない。

 2020年頃の未来を想像する。2000年初頭に大規模委託や指定管理者制度を導入した図書館があったとして、そこが100年目を迎え、明治からの歴史を本にまとめるとする。その場合、導入以後の20年間の軌跡は誰がどんな風に書きのこすのだろう。インタビューするのか、文書から炙りだすのか、当時の受託者に頼んで書いてもらうのか。さらに未来となると、どうなるのか。
 想像するにつけ、働く人にせよ設置母体にせよ、単独で「図書館が語る『わたしの歴史』」を書き残すことはますます困難なこととなっていきそうだ。そう考えると、元記事に掲載されたリストの文献が改めて貴重なものに見えてくる。


 一方で、個人が自分の書いたものを発表するハードルは下がっている。xiao-2でさえこうして埒もない文章をブログに載せているくらいだ。運営者に限らず、ユーザや行きずりの人が図書館について書きのこせる可能性が高まっているともいえる。図書館が主体として書きのこせない歴史を、他の主体の書きのこす歴史がどれだけ埋められるか。それはまた研究する人の側からいえば、後者をどれだけすくい上げられるのか、という問題でもあるのかもしれない。

*1:2012-03-10日本図書館協会図書館政策セミナー「非正規雇用とは?自治体の非正規雇用職員制度」に行ってきた。※元は講義を聞き書きしたメモなので、正確な数値は元資料「日本の図書館」を当たった方が安心。

*2:指定管理者で働く人が「日本の図書館」の統計でどの種別にカウントされているかは確認していない。

*3:日本図書館協会「指定管理者制度導入2014調査(PDF)」