映画「疎開した40万冊の図書」の感想

 3月3日、エルおおさかで上映された映画を観に行った。原作はその少し前に読了。実に今更ながら*1感想を書いてみる。的確に内容紹介できる文章力はないので、おおむねxiao-2の頭に残ったor浮かんだことばかり。
 映画の紹介はこちら、原作はこちら。

疎開した四〇万冊の図書

疎開した四〇万冊の図書

 前半では閉館が決まった旧日比谷図書館の映像を導入に、図書疎開の中心人物となった中田邦造、本の買い上げに関わった反町茂雄疎開先となった家の人々、本の運搬に動員された都立一中生の証言などが淡々と紹介されていく。
 おおむね原作どおりだが、やはり映像の持つインパクトは強い。疎開先の民家は映像で見るとごく普通の家で、案内をしてくれる証言者も普通のおじさんおばさん。蔵の壁の白さが日差しに映えて、時々鳥の声や近所の雑音が入る。その普通さがリアリティとして迫ってくる。
 そして疎開に関わった人々の証言。本の買い上げや人員確保にどれだけ図書館員が苦労したか。運搬に動員された元一中生のおじいさんたちは「難しくてとても読めるような本ではないけれど、大事なものなんだなと」。蔵を貸した家の住民は、当時の生活ぶりや、本が運び込まれた時の様子を話す。まるで自分が直接聴いているかのようで、生きている歴史なのだと実感する。
 続いて、疎開によって救われた貴重書の数々が映像で紹介される。東京都立日比谷図書館の職員さんによる由来の説明。原作でも疎開した本の目録が収録されているが、タイトルと一部の図版だけだったので、改めて目にして圧倒される。

 一方で、ここらあたりからなんとも言えない違和感が自分の中に生じてきた。関わった人の苦労にも、それによって残った本の素晴らしさにも感銘を受けているのに、なぜか何かが腑に落ちない。そんなもやもやを抱えたまま見ていた。

 中盤で現在の日比谷図書館の映像が入った。何人かが立ったり座ったりしながら資料を利用している、閲覧室の風景。この場面で本を読んでいるのはたぶん全員図書館の職員さんだ。知人がひとり映っていたのと、あと全員首からネームプレートを提げていたので判った。
 別に制作者が意図した演出ではないと思う。「図書館資料が利用されている風景」を撮るにあたり、同意もなくユーザを写すわけにいかないし、エキストラを雇うほどのことでもない。職員に協力してもらうのは自然なことだ。
 ただ結果として、そこには「図書館員しかいない図書館」という摩訶不思議な光景が出現していた。それを見た時に、自分が抱えていた違和感の正体が分かった。読者の不在だ。

 映像で紹介された古典籍等は昭和20年代当時でも貴重書の類で、好んで広く読まれるようなものではなかっただろう。本を運搬した一中生や疎開先の人からも「とても読めないような本」「めくってみようとは思わなかった」と言っていた。同世代の中ではかなり良い教育を受けていた層であろう一中生にとってさえ難しい本だったことに加え、単純に読書どころではない状況だったということだろう。
 では、読まれていた本はどこにあったのか?と考えていたら、映画の後半で日比谷図書館のその後の運命が紹介された。疎開の中心人物である中田邦造が館長を務めた日比谷図書館は、ぎりぎりまで閲覧を継続したために疎開のタイミングを失い、空襲で焼けてしまったそうだ。疎開によってモノとしての本は守られたけれど、本を「読む」という営みは、やっぱり破壊されていたのだな、と思う。
 そして、これは現在にも言える。戦時中の人がこんなに命懸けで守ってくれた古典籍を、いま自分たちはちゃんと読んでいるのか。もちろん貴重書なので直接手に取るのは難しいけれど、たとえばデジタル化されたものを*2読めるのか。翻刻されたものに親しんだり、その本によって切り開かれた研究成果に触れることで、「読む」営みをきちんと引き継いでいるのか。無関心でごめんなさい、と思わずうなだれる。


 映画の後半は、空襲と重ね合わせつつ、現代の話に入っていく。このあたりは原作ではほとんど無かった映画オリジナル。
 出てくるのは2010年夏の福島県飯館村。図書館がなく小さな本屋しかない村で、図書館を作るために全国に寄贈を呼び掛けて絵本文庫を作ったというエピソード*3が紹介される。絵本が置かれた幼稚園では、傷んだ絵本の修理は園児たち自身がしているとの説明。取れたページを見つけては、得意そうにセロハンテープをびーっと貼っていく園児の様子が大写しになる。
 この場面、おそらく図書館関係者が多いと思われる会場からは声にならないざわめきが上がっていた。一般的なことを言うと、図書館の本にセロハンテープ修理は禁物。まして子どもの慣れない手で…と考えると、ざわめく気持ちも分かる。映画の制作者もそれは意識しているようで、画面には「本来セロハンテープは駄目」といった注が出ていた。皮肉にもこの場面より少し前で、東京都立図書館で貴重書を修理する職員の様子が紹介されていたのだが、そちらは和紙やヘラを使った職人技。資料そのものの保存という面からは対照をなしていた。
 しかし飯館村の取り組みの場合には、子どもに本と親しんでもらうという体験の方を重視してこのようにしている、と説明があった。ニコニコしながらテープを張っていく子どもの姿を眺めていると、確かにここでは「読む」という営みが大事に守られていたのだなぁと実感して、温かい気持ちになった。
 それが、震災1ヶ月前の映像だった。

 続いて震災の映像と、図書館が受けた被害の様子。このへんは辛くてあまりメモしていない。
 そして、色々な形で再開する図書館活動。一点もの貴重書の保護がテーマになっていた前半と違い、後半ではユニーク資料(たとえば郷土資料の類)の話はあまり出てこなかった。それよりも、「読む」という営みを再開させる試みにスポットライトが当たる。仮設図書館や、移動図書館車の活動する様子*4が紹介される。移動図書館車の中で年配の男性が、本を選びつつ図書館員と言葉を交わす場面がある。津波で家族を亡くした話が、世間話のように普通に交される。その普通さが胸に迫る。
 移動図書館車に積まれた本が貴重なわけではない。娯楽本でも何でもいい、こんな体験をした人が、また本を読めるということが貴重だ。そうしみじみ思う。


 映画の最後に秋岡梧郎の言葉が紹介される。

文化や貴重な文献を守るということは、図書館員だけがいくら一生懸命やってみても、また図書館がどんなに力を入れても結局はだめで、文化財を完全に戦禍から守るためには戦争をやめること以外にはないのではないでしょうか

 この言葉を踏まえて自分なりに拡大解釈すると、いくら本が守られても、それが読者と結び付かず、読むという営みが断ち切られていれば、結局破壊されたのと変わらない。戦禍でなくても、災害で、あるいはただの無関心によって。戦火に対して本を疎開させ、震災の後に移動図書館車を走らせるのが図書館員の使命ならば、それらすべてを阻む無関心と戦うのは、いまの時代を生きる皆(図書館員も含め)の使命なんだろう。

*1:べっ、別に3月丸々ブログ更新サボってしまいそうなことに今ごろ気付いてアリバイ作りを試みてる訳じゃないんだからねっ。

*2:一例:東京都立図書館 加賀文庫

*3:飯館村ホームページ「あなたにつなぐ飯館絵本リレー」※現在は受付していない。

*4:関連する本。