気になる本。

 なんとも気になる本を見つけてしまった。

魚名源

魚名源

 内容は、魚の名前の語源について書かれた本。全体的なスタンスとして、魚の名前はすべて漢字の意味と音に由来するという主張。たとえばカマスならこんな具合。

狂(クァン)は「狂ったような、猛烈な」の意味、蛮(マン)は蛮族などの言葉で使われる字で「凶暴な、凶悪な」の意味です。スは…(中略)…速(ス)のことであると考えられます。そうしますと、カマスとは、直訳すると「猛烈で、凶暴な、速い(魚)」…(中略)…の意味になっています。(p83)

 掲載されたすべての魚の名前について、同様の解説。他にも、「姫路」は「美しい」という意味を持つ漢字三文字の読み「フェイ・メイ・ジ」に由来するという説なども載っていた。

  • 印象

 自分は特に国語学に詳しくはないが、本のつくりとして色々気になった。まず、参考文献が上がっていない。そのため先行説・自説ともに、どこに典拠があるのかよく分からない。要となっている漢字の意味と音についても、どの文献に基づくのか書かれていない。諸橋の大漢和とかだろうか。中国語だとしても、時代や地方でずいぶん違うはず。
 「まえがき」を見ると、「魚名の語源について書かれたもので信頼するに足るものは存在しない」「この本に書いてある語源説は…(中略)…独自の考察と責任に基づく本邦初めてのものばかり」とある。本文でも既存の辞典、たとえば広辞苑等が度々批判されている。語源というのはかなり歴史のありそうな研究分野だが、既存の流れには属しないまったくの新説ということのようだ。

  • 著者

 どんな人が書いたのか、本の奥付、出版社サイトの著作紹介等で確認する。ものづくり系の企業にお勤めであったようで、言語研究が趣味とのこと。言語学の研究歴や所属については記述がなく、卒業学部も言語学とは関係ない。NDL-OPAC、Cinii、国文学研究資料館国立国語研究所の各種DBで検索しても著作がヒットしない。研究者としての名前と別に筆名を使っているのでなければ、学術研究活動の経歴はなく、これが初めての著述らしい。
 人文学の分野では大学等に所属しない、いわゆる在野の研究者も結構いるし、そういう人の書いたものがとても頼りになることもある。だがこれまでの著述が見当たらないというのは、気になる。

  • 出版社

 出版社のサイトを見る。特に言語学関係の本を多く出しているという様子ではなく、色々な本が出されている。自費出版サービスも行っているらしい。発売元は自費出版の本を多く流通している会社なので、おそらく自費出版だろう。
 余談だが出版社のサイトで、国立国会図書館への納本をオプションサービスとしていた。納本は出版者に課せられた法的義務*1なので、著者の希望に応じて有料で実施するというのはよく分からないが、なんらか特別なサービスがあるのだろうか。

  • 書評

 自分が分からないので、人の評価を聞いてみる。NDL-OPACの雑誌記事等で書名を検索するが、レビューしたものはなさそうだ。代わりというわけではないが、Amazonブクログを見てみる*2
 Amazonでは4件のレビューで、1件がトンデモ本だと批判、3件が褒めている。が、褒めているコメントのレビュアーは、その著者の本しかレビューしてない。批判したレビュアーは、少なくとも他の本にもレビューしている。うむむ気になる。
 ブクログの方では1件レビューがある。生物に興味のある方が書いたもののようだが、生物学の方に係る用語の使い方が不正確だとされていた。ちなみに近隣の図書館で調べたところ、この資料につけられたNDCは「魚類」の方であるようだ。


 こうした状況証拠を見る限り、この本は私的な研究による独自説のように見える。独自説が悪い訳ではないが、その分野で認められていない、極端に言えば書いた人以外誰も同意できない説である可能性もある(もちろんそうでない可能性もある)。いずれにせよ、専門家でない自分には状況証拠以上のことは分からない。たとえば語源について調べる時、この本を参考図書として扱うのは、この状況だとちょっとためらわれる。

 この本は日本図書館協会の選定図書*3だ。事業説明によれば、専門家が一冊一冊目を通して選んでいるらしい。ということはxiao-2の気付かなかったお薦め理由があるのかもしれない。どんな人に、どういう趣旨で選定図書に選ばれたかという点*4が、これまた気になる。もしかすると学術的な正確性よりも、読み物として面白く知的好奇心を刺激するという理由で選定されたのかもしれない。それならそれも納得できるが、その場合、やはり参考図書にはしない方がよさそうだ。


 ところでこうした新説・独自説について、選定事業ではどうやって評価しているのだろう。自然科学であれば、基本的な物理法則やルールに則っているかどうかで判断できそうだ。では人文科学の場合はどうなのだろう。答えが一意に決まる訳でない分野においては、どうやって本の評価をするのが正しいのか。
 最後は図書選定事業のことまで気になったところで、眠くなったのでおしまい。

*1:国立国会図書館HP「納本制度の概要

*2:2012/12/15確認

*3:日本図書館協会HP:図書の選定事業について

*4:週刊読書人」という書評専門紙に簡単なレビューが載るらしいが、残念ながらすぐには入手できなかった。