図書館システムの何が問題か。

 興味深い文章を見つけたので、メモ。

株式会社三菱総合研究所 所報 No.55(2012年3月11日発行)
狩野英司、吉田大祐「図書館システムを取り巻く課題と今後の展望」
http://www.mri.co.jp/NEWS/magazine/journal/55/2036714_1697.html
(この記事だけのPDF版はこちら

 内容は、2010年に日本図書館協会の委託により実施した「図書館システムに係る現状調査」の内容を受けて、三菱総合研究所(長いので以下MRI)のひとがまとめた提言論文らしい。

 なんか聞いたことあるなぁと思ったので、論文を読む前にちょっと復習。「図書館システムに係る現状調査」については、MRIのサイトに調査の概要と全文が載っている*1。一部引用。

株式会社三菱総合研究所(以下、MRI)は、社団法人日本図書館協会情報システム研究会の委託を受けて、全国の公共図書館、大学・短期大学附属図書館、専門図書館学校図書館を対象として、図書館システムの現状に関する横断的・総合的なアンケート調査を実施しました。

 この調査結果が掲載されたのが2010/08/31。それから秋冬にかけて時々話題になっていた。自分が聞いたことあったのは、2011年初めの日本図書館研究会の研究例会で、講師が根拠として引いていたから*2。また、2011年4月号の「図書館雑誌」の図書館システム特集でも記事が書かれている*3。なるほど。


 さて、復習したところで提言論文を読んでみる。
 全体として、先に挙げた概要や「図書館雑誌」の記事よりはっきりと問題点を指摘している。的確で、したがって関係者にはより耳の痛い内容だろう。印象に残ったところをメモしつつ、感想など。

図書館員が、システム経費が安いと感じるのは、年間経費が概ね10万円未満の場合だけであり、その他の場合は年間50万円未満であっても、1億円以上であっても、割高と感じる割合は変わらない。図書館側では、金額的な「相場観」をほとんど持っていない可能性を示唆させる結果である。(p214)

 日本図書館研究会の例会での上原先生も、図書館側の「相場観」の無さを指摘されていた。自分もシステム疎い人間だから非常に耳が痛い。仮にシステムの技術的な面に詳しくても、それが費用面での適正さを見極める能力と必ずしも一致しないであろうことも難しい点だ。

今回の調査で、システム関係費が全経費(人件費は除く)の50%以上を占める図書館が珍しくないことが明らかになったが、これは、民間企業では、売上高に対するIT予算額の比率が1〜2%程度であることにかんがみると、一律には比較できないにせよ、信じがたい程の水準である。(p214)

 民間企業との比較は、この論文でも留保されているとおり、一律にはできないだろう。「売上高に対する比率」と「全経費に対する比率」という時点でもう違うし。一律でない綿密な比較をやれば、図書館のあるべきシステム関係費用がはじき出せるのかもしれない。そういう方法は何かあるんだろうか。

過去からの業務プロセスを維持するためだけに、コストをかけてでもカスタマイズをし続けているケースが多いことが推測される。現行システムへの満足度において、75.7%もの回答者が肯定的評価をしていることと併せ考えると、現状システムとそれを前提とした業務プロセス、業務ルールにはあえて手を加えたくないという図書館側の意向が明瞭に表れている(p216)

 ありそうな話。システム更新に併せて、業務自体のフローを見直すところってどのくらいあるのだろう。

図書館システムの調達方法は、一般競争入札が14.3%、指名競争入札を合わせても37.0%にとどまっており<中略>にも関わらず、調達の際に感じる課題として、競争入札を行った場合に典型的に発現する問題、例えば、いわゆる「1社入札」の原因となるシステムのブラックボックス化、調達実施体制の不備、最低価格入札の弊害といった問題を指摘する回答は少なくなく(p216)

 さきに経費におけるシステム関係費の比率の高さが指摘されていたが、競争入札が進んでいないから価格が高止まりしているという見方もできる。ただ、いずれにせよ「相場観」がなければ競争入札をうまく運用するのは難しいだろう。高いものを買わされるか、不当に値切るかになってしまう。


 で、その背景についての考察。3つ指摘しているのだが、一番おおっと思ったのはこれ。

インターネットでのサービス提供には慎重な判断が必要であると考えられるところだが、住民からの当然の要望を受けて、あるいは他の図書館との横並びで、運営体制も整わないまま、短期間に導入を進めざるを得なくなったところに、そもそもの無理が生じた原因の一つがあると考えられる。(p217)

 単純かつ的確だが、図書館側からの言説ではあまり気付くことのできない指摘。

 これらを踏まえて、最後に6つの提言。最初の2つは「図書館システムへのIT統制の確立」「システム調達方法の見直し」。PDCAサイクルを運用するとか、ライフサイクルコストを考えるとか、きわめて常識的な内容ではある。が、指摘されている色々な点から考えると、ここが一番重要そうだ。
 他の提言はOSS利用、システム共同化、クラウドコンピューティング導入、APIによる外部サービス活用、と、比較的技術寄りなものが続く。そう言えばこの論文の著者のお一人の吉田大祐さんは、先に挙げた「図書館雑誌」2011年4月号でもクラウドについて書かれている*4


 もやっと感想。実のところ図書館のIT化は、遅れているというより、むしろ実装だけが進み過ぎている状態なのかもしれない。そして取り残されているのが運営体制や人材育成や運用方針等のソフト面だとすると、(狭い意味での)技術者だけ集めてもこの問題は解決できない。
 うーん、と頭を抱えたところで、眠くなったのでおしまい。

*1:株式会社三菱総合研究所ニュースリリース:図書館システムの現状に関するアンケート調査結果:2010年

*2:2011-01-10の記事「第277回日本図書館研究会 研究例会「岡崎市立図書館Librahack事件から見えてきたもの」に行ってきた。

*3:外崎みゆき. 図書館のコンピュータシステムの現状に関する調査--2010年度,図書館システム現状調査アンケート結果より. 図書館雑誌.105(4) (通号 1049) 2011.4.

*4:吉田 大祐. クラウドコンピューティングの概要と図書館. 図書館雑誌. 105(4) (通号 1049) 2011.4