科学との正しい付き合い方

 自分はとても文系な人間だけれども、子どもの頃は実験と称して色々怪しげなことをしていた。雑草をすりつぶして怪しい薬を作ったり、汗には本当に塩が含まれているか試そうとしてガラス容器に溜めていたらカビが生えてえらいことになったり。中学の理科室も嫌いじゃなかったな。ミョウバンの結晶作って、透き通った8面体の美しさに萌えた。科学と言うより、物理学も化学も大工仕事も料理も自分の中で分かれてなくて、同じように愛していた。
 それがいつしか理系科目と仲違いするようになった原因は、算数(あえて数学じゃなく)がめちゃくちゃ苦手だったことだった。物理学と真っ先に仲違いしたのは、浮力だのばねだの滑車だの、興味のないモノに関する計算がわらわら出てきたため。化学とはmolの概念のあたりで決裂。地学・天文学とは自然消滅。生物学とは比較的長続きしたが、それは暗記だけでなんとかなる部分が多かったからで、そんなのは本当の愛じゃない(笑)
 今にして思えば「!」はいくつもあった。それをうまく「?」に繋げて、苦手な部分を乗り越えるきっかけがあれば、あのひと(科学)と別れなくて済んだかも知れないのに。せめて今でもいい関係でいられたかもしれないのに。…ということで、この本を読んでみた。

 以下、それぞれの章で印象に残った個所と、それに対して思ったこと。

  • 科学嫌い・科学アレルギーの話

 科学嫌いになってしまった人々の声。上に述べたような不幸な過去のある自分としては、痛痒くもうなずける。
 ふと湧いた疑問。科学と違い、文系の学問の場合は、苦手だったり興味がなくてもアレルギーになることが少ないのはなぜだろう。科学の話題になったとき「やめてやめて、そういうの駄目なの!」と極端に嫌がる人は確かにいる。が、歴史や文学の話をそこまであからさまに嫌がる人はあまりいないような気がする。あっそう、興味ないけど、で済む。その違いって何なんだろう。
 それは理系の学問の方が、「役立つもの」「偉いもの」「出来なきゃいけないもの」というイメージがあるためじゃないか。そのために、苦手であることが劣等感になりやすいのじゃないだろうか、という仮説を思いついた。劣等感があるからこそ、素直に「興味ない」と言えずにアレルギーを引き起こす。その意味で、科学は素晴らしいものではあるが特別なものじゃないと繰り返す、この本の主張は大事だと思う。
 そして劣等感の裏返しは優越感。そう考えると、内田さんの言う「科学マニアによるオレさまトーク」と対をなす。科学知ってる偉いオレvs科学知らない駄目なオレ、という対立構図になってしまっているとしたら、そりゃコミュニケーションもうまくいかないわけで、お互いに不幸な話だ。

  • 科学的なものの考え方

 「疑うこと」の重要さ。それに続いて、「科学的なものの考え方」に関する説明。

1.答えが出せないことはペンディングする
2.「わからない」と潔く認める
3.人に聞くのを恥ずかしいと思わない
4.失敗から学ぶ

 これって科学(理系)だけじゃなく、学問とか研究とか言われるものに共通だよな、とも思った。たとえば文学や歴史学社会学の研究であっても、疑問を持たなきゃ研究は始まらないし、根拠もなく調べもせずに主張していては学者とは言えない。少なくともきちんとした学者なら、疑いながら観察し、実験し、仮説を立てて検証というプロセスをそれぞれの分野に適したやり方でやっているだろう。すぐ役立つとは限らない、という点なども、むしろ文系学問の方が抱える悩みだろうし。
 そう考えてみると、科学者といわれる人達は、自分の専門以外の学問の価値をどの程度認めているのだろうな。特に文系の学問。単に知らないとか興味がないのは構わない。けれど、たとえば基礎研究にお金をかけるべきだと言っている人が、オレは文学とか歴史学とか興味ねーし他の分野なんかどーでもいいじゃんと思っているとしたら、そりゃオタクと言われても仕方ないかも。逆もまた然りだが。

  • 社会の中に科学技術を見る、見えない科学技術に目を向ける

社会の中の新しい「何か」を知ることで、今まで透明だと思い、見えなかったはずの糸の存在を知ることになる。そして、社会という織物に「新しい模様」を見出すことになる。(p187)

 書いてあることは「科学」についてだけれど、一般的な「知」のあり方についても拡大解釈できる。「世の中に感動を増やしてくれる本は、いい本だ」という自分のへたれポリシーに基づき、この部分に関しては諸手どころか足まで挙げても賛同したい。


 最後にひとつだけ注文。お値段について。この本、紙で買ったら1,200円した。新書としてはやや高い。科学と銘打った本に4桁の金額を抵抗なく払うのは、もともとある程度興味のある人に限られてしまう。さほど関心の高くない人に伝えるなら、やっぱり7〜800円にならないかなぁ。