間違いだらけのエコ生活

間違いだらけのエコ生活

間違いだらけのエコ生活

 テレビつけても新聞見ても、世の中に「エコ」が溢れている。ものを大事にするのは良いことだけど、これだけ喧伝されるとかえってなんとなく胡散臭い。その胡散臭さがうまく説明されて、なるほどと思う。

 考えたのは、現代では、日常感覚としての「もったいない」と、「環境に良い」「経済的」「社会に良い」は必ずしも一致しなくなっている、ってこと。
 たとえばペットボトルのリサイクル。この本によれば、ペットボトルを使い捨てるより、回収して再生させる方が石油をたくさん使うそうだ。実際、プラスチック関連の仕事をしている友人に「ペットボトルも、本当は燃やすのが一番エネルギー効率がいいんだよ」と言われたことがある。以前読んだ「紙のなんでも小事典」でも、いったん別の商品になった紙を再生させるのがいかに大変か説いていた。今のように大きな規模と高い品質で、再生品を商業ベースに乗せるのは結構大変なのだろう。

 ほんとうにもったいないと思うなら、そもそもジュースを買わなければいい。世の中に流通するペットボトルの絶対量が減れば、製造にも流通にも石油使わなくてすむ。車だって同じ。エコカーに買い換えるより、車を持たない方が環境には良いはず。たばこの箱に警告メッセージを掲載することが義務づけられたように、車の広告に「自動車の使用はCo2排出量を増加させ、温暖化に繋がります。自動車での不要不急の外出は控えましょう」と入れることが義務づけられたら、どうなんだろう。
 でもなかなかそうはいかない。ひとつには、個人の生活と環境の間に、経済という厄介なものが挟まってくるからだ。環境破壊のニュースも嫌だけれど、自動車メーカーの売り上げが落ちて働いている人がリストラされるニュースも嫌。あまり関係ないけど、昔読んだこの本を思い出したりする。

ハーメルンの死の舞踏

ハーメルンの死の舞踏

 本の話に戻って。
 色々と新鮮な視点ではあるけれど、この本はこの本でツッコミを入れながら読んだ方が良いと思う。統計や情報のソースがあんまり明示されずに、「〜と言われている」「実は専門家の間では〜」という形でまとめられていたり。もちろん論文じゃないのだから、いちいち明示する必要はないのかも知れない。しかし読む人は「この数字の根拠って何だろうな」という心構えを持った方が良い。
 情報リテラシーの大切さは、この本の中でも説かれている。「エコ」の胡散臭さを考えつつ、この本の言説も怪しんでみることが、情報リテラシーの第一歩。