バイオスフィア実験生活

バイオスフィア実験生活―史上最大の人工閉鎖生態系での2年間 (ブルーバックス)

バイオスフィア実験生活―史上最大の人工閉鎖生態系での2年間 (ブルーバックス)

 1991年、アリゾナの砂漠に作られたミニ生態系「バイオスフィア2」。その中で男女8人の科学者が、水・空気・食料をリサイクルしながら、2年間自給自足生活を送った記録。SFみたいな話だが実話。

 密閉された空間の中だから、わずかでも分解されない化学物質は使えない。なぜならすぐに高濃度で自分の身に返ってくるからだ…という話にドキッとする。
 たとえば日頃、当たり前に色々なものを下水に流している。汚物も石鹸も洗剤も。でも、自分の捨てた水を数日後には口にしないといけないよ、と言われたらどうだろう。別に非現実的な話ではない。インドではガンジス河で沐浴も死体処理もするというし、オーストラリアのどこかの都市では水不足に悩んだ結果、下水を消毒して飲料水に回す話が実際にあった。
 スケールが違うから日頃意識しないだけで、せんじつめれば地球だって同じこと。ちなみにこの実験設備が「バイオスフィア2」という名前になったのは、「バイオスフィア1=地球」だからだそうだ。

 食べ物も自分たちで作らないといけない。とにかく量が足りなくて工夫を凝らした話や、たまに催すパーティがいかに待ち遠しかったかが書かれていて、よほど辛かったのだろう。ブタは人間の食べられるものしか餌にできないので、経済的に引き合わないことが分かって処分したという話が出てくる。そうかブタ肉は贅沢品なのだ。

 一方で、そういう究極のリサイクル生活も、結局はハイテク機器に支えられていることに、なんだかなぁ、と思う。第11章に通信機器を活用して外部のビジネスを続けていた話が出てくる。1991年に電子メールが使えていたのだから相当恵まれた環境だ。それらのために使われる電力は、さすがに自給自足の勘定には入っていない。現実問題そこまで徹底していられないし、実験の趣旨でもないというのは分かるのだけどね。
 細かいところで、同じ違和感を感じたところがあった。電気ブレンダーが壊れたので自力で修理した話(p188)。「その後もソースやスープをブレンドするのに結構役立っている」とちょっと得意げだが、一般庶民としては修理以前にそのくらい手で混ぜようよ!と思ってしまう。よもやリサイクル可能な素材の電気ブレンダーではあるまいに。

 で、この実験今はどうなってるの?と訳者あとがきを見ると、94年に中止されたらしい。あとがきの方には資金的な原因だけが述べられているが、Wikipediaにはもうちょっと詳しく、4つの理由が挙げられていた。酸素不足、二酸化炭素不足、食糧不足、心理学的要素、だそうだ*1。最初の3つについては、この本にも詳しく書かれている。
 最後の心理学的要素についてはほとんど具体的なことが分からないように書かれている。何しろ当事者の書いた本なので当然だろう。ただしトラブルの存在自体については、はっきりこう書かれている。

その言葉どおり個人的ないさかいも起きました。それどころか一種の権力闘争、派閥抗争のために、すんでのところですべてが台無しになりそうな事態さえありました。バイオスフィア2に入る時、私たちは互いに、これからこの人たちとすばらしい友情をはぐくむのだと大いに期待していました。が、二年経って出てきた時には、もうほとんど口もきかないほど関係が悪くなっていた人たちもいました。(日本語版へのまえがき、p8)

 そういうことを頭に置いて本文を読むと、さすがに客観的な記述の中にも滲み出る人間関係を想像することができる。この人はあまり名前出てこないけど嫌われてたのかなーとか、この二人は付き合ってたかも!とか、下世話な読み方をするのも読者の自由。人にはお勧めしませんが(笑)


 ところでなんでこんな本に急に興味を持ったかというと、レファレンス協同データベースのこの事例を見たから。

10年位前、アメリカかオーストラリアの砂漠で科学者たち10名くらいが宇宙で暮らすことを前提とした隔離実験を行った。そのときの実験を扱った本はないか?
http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000049531

 こういうところで知らない本に出会うのも、楽しい。

*1:ただし出典は書いてなかった(2009年4月4日確認)